しっぽや5(go)

□古き双璧〈6〉
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side<TIKATO>

アニキとは違う大学に入学して距離を取っていたおかげで落ち着いていた俺の心は、明戸がアニキに向ける美しい微笑みを見た瞬間、台風の時の海のように荒れ狂っていた。
心の波で、大きな漁船だってひっくり返せそうだった。
『くそっ、いつだって俺はアニキに適わないんだ
 俺が頑張ること自体、いや、俺の存在自体が無駄なんだよ』
アニキと明戸から遠ざかりたくて、俺は全力疾走していた。
高校を卒業してから本気で走ったのは初めてかもしれない。
ランウェアを着ている訳じゃなし、ランシューズを履いていないからスピードは出ない上、フォームもガタガタだ。
このガタガタ加減が今の俺を如実に表していた。

どこに行こうと思ったわけではなかったが、気が付くと昨日明戸と立ち寄ったコンビニの側の道まで来ていた。
『やけ食いでもするか、コンビニのホットスナック全制覇とかしてやろう』
そのままの勢いで走って店に近付くと、ドアの前で呆然と俺を見ている明戸に出くわした。
「え?あれ?明戸?何で?」
俺は急ブレーキをかけるように立ち止まり、周囲を見渡した。
きっとアニキが側にいると思ったのだ。
「ごめんなさい、ちょっと別行動とってた」
俺の勢いに驚いたのか、明戸は怯えた声で答える。
そのほんの一瞬、目の前の明戸の存在が薄れていくような気がして
「明戸って、足が速いんだね」
俺は慌てて何でもない風を装って話題を変えた。
しかし、確かに明戸の到着は早すぎる気がする。
俺の方が先に家からここまで走って来たのに、明戸は既に買い物を終えてビニール袋を持っていた。
『アニキに車で送ってもらったのかも
 そつのないアニキのことだ、昨日の俺みたいに明戸の気を引こうと色々買ってやったのか』
どこまで俺はアニキに適わないのだろうと泣きたくなって
「それ、あいつに買ってもらったの?」
未練がましく聞いてしまった。

「昨日、近戸に教えて貰った物を自分で買ってみたの
 あの、ごめんなさい
 白パン探さないで買い物とかしてて…」
俺がそのことを怒ると思っているのか、明戸は叱られた猫みたいにビクビクして泣きそうな顔になっていた。
つまらない焼き餅で明戸を怯えさせてしまった自分が嫌になる。
そして、俺が言ったことを覚えていてくれて早速実行してくれた明戸がいじらしく、愛おしかった。
『良いな』なんてボンヤリした気持ちじゃなく、俺は会ったばかりの明戸に対してはっきりと『好きだ』と気が付いた。
真面目なアニキが講義をサボってまで猫を探すわけはない。
ここにいるのは明戸だけだ。
きっとナリの車でここまで移動してきたから、俺より到着が早かったのだろう。
からくりが分かってしまえば、何と言うこともなかった。
そんなことより
「俺の言ったこと、実践してみてくれたんだ」
嬉しさのあまり思わず顔がにやけてしまった。
にやけ面の俺を見て、明戸はホッとした表情を見せてくれた。

「待ってて、俺も買ってくるから」
今日も一緒に捜索をしたいと思った俺は、準備万端で挑むことにする。
「コンビニの袋を持って歩いてると、不審者っぽく見えないんじゃない?」
ちょっと言い訳じみてるかなと思った俺の言葉に、明戸は素直に頷いて尊敬するような瞳を向けてきた。
その瞳に勇気をもらい
「今日も一緒に白パン探していいかな
 邪魔にならないようにするから」
俺はそう頼み込んでみた。
下心がありあり過ぎて警戒されるかと思ったのに
「俺も近戸と一緒に居たい」
彼は俺の目を見つめ頬を赤らめて嬉しそうに笑いながら、はっきりと口にしてくれた。
『もしかして明戸も俺のことを』
期待する俺に
「一緒に探した方が効率アップすると思う
 猫は飼い主の声を聞き分けられるから、近戸の声を聞いて安心して姿を現すかも」
彼はプロらしい意見を追加した。
それでも明戸の表情が明るくなってくれて、俺も嬉しい気持ちになるのだった。


2人で並んで歩きながら、白パンを探す。
猫の姿がないか集中しているらしき明戸の邪魔をしたくなくて、俺は黙って歩いていた。
明戸は真剣な瞳で回りに注意を払っている。
その美しい横顔を、俺はチラチラ盗み見ていた。
サラサラの黒い髪、長い睫に縁取られる快活そうな輝く瞳、高い鼻、なめらかな頬のライン、愛らしい唇、完璧な美しさ。
そんな煌めくような美形なのに、時折覗くやんちゃな表情が明戸を親しみやすく見せていた。

『モテるんだろうな…』
白パンが見つかった後も付き合いを続けたいが、明戸のことを何も知らないのでどう誘ったら良いのか全く検討がつかなかった。
『荒木に間に入ってもらえないかな
 でも荒木、なんか俺のこと超人みたいに思ってるからそんなこと頼んだら幻滅されるかも
 こんなことなら、大学で優等生とか気取らなきゃ良かった』
俺は歩きながら、そんな格好悪いことを悶々と考えるのであった。
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