しっぽや1(ワン)

□安らぎの居場所
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捜索から戻ってきた大麻生にウラがミルクティーを用意するのに併せ、おやつ休憩をとることになった。
「カズハ先輩のアドバイスで、紅茶淹れるの上手くなったろ」
ウラはフフンと笑ってみせた。
確かに、パックの紅茶と牛乳を適当に混ぜるだけだったウラのミルクティーは茶葉から淹れるものに進化している。
「ソウちゃん、茶葉はフレーバーよりオーソドックスな方が好きなんだよね
 ミルクティー向けのセイロンとかアッサムとかウバとか
 ミルクは、低温殺菌の方が甘みがあって美味いんだ
 日持ちしないのが難点だけど、この事務所ならあっと言う間に飲みきっちゃうもんな」
ウラは得意気に語っていた。

「ウラ、カズハさんと親しくしてるんだ、ちょっと以外
 ってか、何でカズハさんが『先輩』で俺が『ちゃん』なんだよ
 ここでは俺の方が先輩なんだぞ」
俺が顔をシカメると
「だってカズハ先輩は、ペットショップの先輩だもん
 しっぽやは家族経営みたいなもんだから『先輩』って感じじゃないじゃん」
ウラはシレッと答える。

「それにカズハ先輩、洋犬の化生飼いの先輩だし
 だって空を飼えるって凄くね?
 空、カズハ先輩の言うこと素直に、っつーか真面目に聞いて従ってるもんな
 プロの訓練士だった俺の爺ちゃんだって、ハスキー従わせるの無理だったんだぜ
 マジ、尊敬」
その点は、俺も同じ事を感じていた。
お茶の席に同席している黒谷と大麻生も、大きく頷いている。
いつも空気を読まない空だけど、カズハさんに対してだけは一挙手一投足に気を払い『何をして欲しいのか』という事を常に意識しているように見えた。

「ウラは新郷や桜様とも仲良くしております」
大麻生が嬉しそうに告げた言葉に、俺は驚いてしまう。
「ウラが桜さんと?」
こう言っては何だか、几帳面で真面目な桜さんとチャラ男のウラは異色の組み合わせに思えた。
「そうそう、俺、今、桜ちゃんにマンガ借りてんの
 あのお巡りさんの長いやつ
 30巻まで読んだけど、まだ半分以下の巻数ってパネェ
 大人になって読み返すと、ガキの頃には気づかなかったこと分かって深いなアレ」
ウラはウンウンと頷いているが
「桜さんて、マンガ読むの?」
俺はさらに驚いていた。
「読む読む、大予言に基づいたオカルトチックな怪しいレポートマンガとかも持ってたから、今度借りてみようと思ってんだ」
ウラはニッヒっと笑った。

「そだ、こないだ爺ちゃん家行ったとき、中川先生にゴジラのビデオ何本か借りてきたんだ
 羽生に言っとかなきゃ
 今時ビデオ使ってる奴なんかいるのかと思ってたけど、DVDで揃え直す程じゃない作品専用で案外使われてるのな」
ウラの台詞に、俺はまた驚いた。
「ウラ、中川先生と会ったの?」
何となくウラは『教師』に反発しそうなタイプだと思っていたのだ。
「階違うけど同じマンションに住んでるし、ご近所さんだよ
 俺、兄弟いないけど『兄貴』ってのがいたら、あんな感じかなー、とか思ってみたり」
ウラは照れた笑顔を見せる。
ウラは俺が思っていた以上に、ここに馴染みまくっているようだった。
『そういや、強請られてた時もファミレス誘ったら付いてきたっけ
 基本、人懐こいんだな、こいつ』
俺は改めてウラの顔を見た。
彼はかいがいしく大麻生にミルクティーのお代わりを作っている。
「ウラって、実は可愛いんだね」
思わず漏らした俺の呟きに
「実はって何だよ、俺が可愛いのは生まれつき」
ウラは楽しそうに笑っていた。

「何か、もうウラの歓迎会なんてしなくて良いんじゃないの?」
俺が笑うと
「ダーメ、俺の歓迎会はお前らの大学合格祝いパーティーと合同なんだぜ
 お前らが合格しないと、ここでの俺の居場所無くなるんだからな
 絶対合格しろっての」
ウラは指先をビシっと俺に向ける。
これが、ウラなりの俺への励ましなのであろう。
「頑張りまーす
 合格祝いは、虎やの印籠杉箱入大型羊羹4本セットお願いします
 デカい羊羹、丸ごと食うの憧れなんだ」
俺は可愛らしく見えるよう、小首を傾げてさりげなく言ってみた。
「爺ちゃん育ち舐めんな、その値段知ってるわ
 今のカズハ先輩だったら『羊羹で良いの?それでやる気が出るなら』ってホイホイ受けてたとこだぞ
 お前も悪だなー」
ウラは俺の予想通りの返事を返してきた。
きっとウラなら分かるだろうと思っていたので、少し嬉しくなってしまう。
荒木やタケぽんとは出来ない会話をウラと楽しむことが出来ている状況が、何だか楽しかった。

和銅の周りには同じ境遇の者は居なかった。
きっと彼もこんな風に秘密を笑い合える友達が欲しかったんじゃないかと気が付いて、また少し切なくなる。
黒谷が用意してくれていた場所で、俺は確実に人生をやり直すことが出来ているのだ。
それは俺と和銅にとって、この上ない幸せであった。
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