しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる8
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「まずは、お礼言っとこうかな
 ソウちゃんと会わせてくれて、ありがとう
 お前が交渉してくれなかったら、俺、ソウちゃんとこに行こうなんて思わなかった」
向かいに座る日野に素直に頭を下げると、彼は焦ったように手を振った。
「いや、大麻生は黒谷と古くからの仲間だし、良い奴だし、飼い主が出来ればなって
 ウラが飼ってくれて良かったと思ってるよ、ほんと」
日野は少し照れくさそうな顔を見せた。
その顔に、初めて会ったとき俺を警戒していた暗い影は見えなかった。
俺も最初に日野に対して感じていたわだかまりは消えている。
代わりに、奇妙な連帯感のようなものを感じていた。

「お前の写真のデータ、俺が知る限りでは全部消去しといたから
 証拠はないんで、信じてもらう以外ないけどな
 あいつのスマホへし折って、ジュースぶっかけてベトベトにしてやった
 これで、貰った金額分は働いたことになったか?」
俺が確認するように口にすると
「ありがとう、本当に助かったよ」
彼は神妙な顔で頷いた。
「あいつ、偉ぶってるけど基本ヘタレだから、これで終わりだと思う
 これからの人生、気にすることはない相手だ
 俺みたいな奴につけ込まれることも、もう無いよ」
俺は金を貰って商売としてあいつと付き合っていた。
でも日野は『先輩』と言う立場を利用され、弄ばれていたのだろう。
「お前、頑張ってたんだな」
俺は思わず日野の頭を撫でていた。
彼は驚いた顔で俺を見つめてきた後に、一粒の涙を流した。

「うわ、何やってんの、日野のこと泣かしたら後が怖いよ
 黒谷の旦那、ああ見えて本当はすっごくおっかないんだから
 大麻生の兄貴だってかなわないって話だぜ」
控え室に入ってきたハスキーの空が俺たちを見て驚いた声を出す。
「ウラのせいじゃないよ、目にゴミが入ったんだ」
日野は乱暴に目をこすり、何でもない顔をして見せた。
「ハスキー君、聞き捨てなら無いな、ソウちゃんの方が強いに決まってるだろ?
 ソウちゃん警察犬だったんだぜ、超優秀なプロなの
 犯人捕獲時の訓練だって受けてるんだからな」
俺が得意げに言うと
「いや、黒谷の方が強いよ
 化生は皆そう言ってるし、黒谷は過去世で実戦経験してるからね」
日野も勝ち誇ったような顔を俺に向けてくる。
「じゃ、どっちが多く犬を探し出せるか、今度勝負させてみようぜ」
「ズルい、犬探しは警察犬の本職みたいなもんじゃん」
「なら、臭気を追う勝負はどうだ?
 お前の臭いなら、どこまでも追ってくるだろ」
「そうだけど、大麻生は訓練されたプロだから流石に分が悪いって言うか…」
何だか、そんなバカ話を出来る相手がいる今の状況が楽しかった。

「高校生に混じって働くの抵抗あったけど、ここでならバイトするのもありかな
 お前、受験生なんだって?
 お前がいない間だけでも、俺が頑張ってやるか」
俺が笑うと
「ウラもここでバイトするの?
 なら俺の方が先輩なんだから、言うこと聞けよ」
日野は生意気な顔を向けてくる。
「はいはい、ちびっ子先輩、偉いねー」
俺はイヒヒッと意地悪く笑ってやった。

「あれ?」
いきなり空が顔を輝かせて立ち上がり、控え室のドアを開ける。
「どうしたのカズハ、今日は半日仕事だったっけ?」
空に伴われて、髪が長くて眼鏡をかけた大人しそうな奴が控え室に入ってきた。
「今はお昼休憩中なんだ
 今日はタケぽん来てるかな、って思ったんだけど」
彼はキョロキョロと控え室内を見回していたが、俺に気が付いて
「うわ凄い珍しい毛色、君、見たこと無い猫だね
 新入り?」
そう言って驚いた顔になる。
「カズハさん、この人、人間だから
 大麻生の飼い主になった『ウラ』って言うんだ」
日野が俺を紹介すると、彼は耳まで真っ赤になって慌てだした。
「す、す、すいません!!あまりにお綺麗なので、てっきり猫の化生かと」
アワアワしてる彼を落ち着かせるよう空が寄り添って
「カズハ、この人、頭が美味しそうでしょ
 あのクソ真面目な大麻生の兄貴を飼おうって思える、凄い人だよ」
そんな訳の分からない慰め(?)方をしていた。

「タケぽん、今日は夕方から顔出すって言ってましたよ
 何か用があったんですか」
日野に声をかけられ、やっとカズハさんは落ち着いてきた。
「緊急でバイト頼めないかなって思ったんです
 うちの店でバイトしてた学生君、自転車で事故っちゃって1ヶ月休むことになったから
 日野君や荒木君は受験生だから掛け持ちバイト、無理ですよね」
困ったような彼の顔を見て
「俺、ヒマだからバイトしようか?って、何屋?
 資格ないから難しいこと出来ないけどさ
 あ、こんなチャラチャラした格好だとダメな系?」
俺は思わずそんなことを言っていた。
ナヨナヨして見えるけどハスキーを飼える奴だと思うと、同じ大型洋犬飼いとして親近感がわいてしまったのだ。

「良いんですか?助かります!髪を結んでもらえれば、うちはあまりウルサく言わないから
 商品の店出しが主な仕事なので、資格はいりません
 うち、この近くのペットショップです」
ホッとしたような彼の笑顔が、少しこそばゆい。
「うちのバイトはどうするんだよ」
日野が笑いながら聞いてくる。
「どっちも頑張るぜ、いやー、俺ってばモテモテ」

『これで、犬のヒモ脱出だ』
これからの未来と新しい人間関係にワクワクする、なんて前向きな感情を味わいながら、俺はソウちゃんと知り合えた奇跡に感謝するのであった。


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