しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる8
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「ソウちゃんとこって、バイト募集してる?」
ある日の夕飯の後、お茶を飲みながら俺はさりげなく聞いてみた。
何でもかんでもソウちゃん頼みになってしまうのも嫌なのだが、近所のコンビニのバイト募集のポスターや就職情報サイトなどを見てもピンとくるものが無かったのだ。
『ソウちゃんの側で働けたら』という、下心ありありの問いかけではあった。
「そうですね、現在3名バイト員がいます
 全員高校生のためテスト期間中は来れないので、その間はバイト員が欲しいと思います
 黒谷に聞いてみましょうか?」
ソウちゃんの答えに、俺は悩んでしまう。
『高校生に混じっての短期間バイト』と言うのは、俺が考えている『働く』というイメージからはかけ離れていたからだ。

「まあ、贅沢言ってられないか
 俺、学歴も無きゃ資格も無いもんな
 最初のまともな仕事としては、ヌルメな感じの方が良さそう
 ソウちゃんとこならブラックじゃないだろうし」
俺の前向きな発言に
「ウラと一緒に働けるのですか?」
ソウちゃんが顔を輝かせた。
「どんなとこか見学に行って良い?」
新しい職場、と言うよりペット探偵なる事務所がどのようなものか興味があったので、俺はそう頼んでみる。
「もちろんです、いつでもおいでください」
ソウちゃんはコクコクと頷いた。
「そだ、ちょっと日野と話がしたいんだ
 日野が来る日に行きたいな」
「はい、後で黒谷に確認しておきます」

こうして俺は、しっぽや事務所に行ってみることになったのであった。


1人で行くのはちょっと気が引けたから、出勤するソウちゃんと一緒に事務所に向かった。
事務所内はビックリするほど『普通』の場所だった。
所員が全員イケメンなんで目立ちまくっているはずなのに、すんなりそんな空間を受け入れてしまう不思議な場所でもある。
「これか、ゲンちゃんが言ってた化生の特性って」
俺は大きく納得してしまった。

「日野に用事があるんだって?
 今日は授業が午前中で予備校もないから、昼過ぎには来てくれるよ」
所長席に座る黒谷が親しげに話しかけてくる。
と言うか、事務所の化生達は最初から俺に対してフレンドリーだった。
皆、ソウちゃんに飼い主が出来たことを喜んでくれているのだ。
ソウちゃんがここで慕われていることがわかり、俺も嬉しくなる。

「大麻生の兄貴、飼い主出来て良かったじゃん
 髪がオムレツみたいな色で、美味しそう!
 カズハに赤いリボン用意してもらう?
 きっとケチャップかかったみたいになって、更に美味しそうに見えるぜ」
ソウちゃんより強面の大男が、俺を見て満面の笑み(かなり怖い顔だったけど多分笑み)を浮かべた。
「ソウちゃんが前に言ってたバカな同僚って、こいつ?」
俺が小声で聞くと
「はい」
ソウちゃんが苦笑して答えた。
「納得した、こいつハスキーだろ?
 爺ちゃんが前にしつけ入れるんで預かったことあったけど、あまりに覚えが悪すぎて二度と預かりたくないってボヤいてた犬種だよ」
俺も苦笑してしまう。

「ヤマさんほどのベテランでもダメでしたか」
ソウちゃんが軽く息を飲んだ。
「こいつ飼い主いるの?
 よっぽど出来る人じゃないと、飼うの難しいぜ」
「飼い主はとても優しい方、と言うか心の広い方です」
俺達のヒソヒソ話をヨソに
「俺、オムレツにケチャップでカズハの名前書けるようになったんだぜ
 漢字だと『葉』の字がつぶれちゃうから、カタカナで書くんだ
 カズハ、すっげー喜んでくれて、俺のこと超頭良いって」
ハスキーは嬉しそうにしゃべりまくっていた。


「あれ、来てたんだ」
昼過ぎにあらわれた日野は、俺を見てギョッとした顔を見せた。
ちらりと、同時に事務所に入ってきた友達らしき人物に目をやっている。
ここに来ているという事は、あの友達も化生の飼い主なのかもしれない。
日野と同じくらいチビで可愛らしい童顔で、育ちの良さそうな子だ。
俺との話は、彼には聞かれたくないのだろう。

「荒木、先に白久と一緒にファミレスランチに行ってきたら?」
案の定、日野は友達を先にランチに促した。
「ども、大麻生の飼い主のウラでーっす
 ちょっと日野ちゃん借りるね、俺、化生に関しては初心者だから色々聞こうかなって」
俺は日野に抱きついて頬を寄せ、仲良さそうなアピールをして見せた。
「あの、俺は白久の飼い主で、野上荒木と言います」
彼はポカンとした顔で俺を見ていたが、頭を下げながら慌ててそう挨拶を返してくる。
その素直で真面目そうな感じは、俺には少し眩しく見えた。
「じゃあ、白久、先にランチに行こうか」
荒木が促すと、優しげな雰囲気のイケメン化生が嬉しそうに寄り添っていった。
2人が事務所を出ると、俺と日野は控え室に移動した。

「インスタントだけど」
そんな事を言いながら、日野は控え室のテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。
「ども」
俺がカップに口を付けるのを、日野は少し緊張した面もちで見守っていた。
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