しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる〈1〉
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「パソコンでデータ入力するようにしたのは、本当に最近なんだ
 こうしとけば過去のデータをすぐ見れるし、日にち別以外にもペットの種類別、何度も依頼に来ている人別でも呼び出せるから便利だよ
 閲覧の仕方はここに貼ってあるんで、必要だったら自由に見てね」
俺はパソコンデスクに貼ってある、パウチされた紙を指し示す。
「しつけ教室のデータも入ってるけど、さすがにしつけ教室に通ってる犬は迷子にならないね
 データ分けしとくと色々分かって良いけど、俺、本当は皆が一生懸命書いた手書きの報告書が好きなんだ」
俺がそう言って笑うと、大麻生は少し表情をゆるめてくれた。

「もう、しっぽやには慣れた?
 って、大麻生の方が先輩なのに、こう聞くのも変だけどさ」
大麻生は俺がしっぽやでバイトを始める前から所員として働いていたのだが、ミイちゃんの護衛集団『武衆(ぶしゅう)』も掛け持ちでやっているのだ。
元々、しっぽやとミイちゃんの屋敷を行ったり来たりしていたところ、空が武衆から抜けたので長らく向こうに滞在していたそうだ。
しっぽやで働き始めた俺とほとんどすれ違う形で武衆に移動したので、お互い今まで面識がない状態だった。

「大麻生がお盆前に戻ってきてくれて助かったよ
 お盆は凄い忙しかったから」
俺は慌ただしかった日のことを思い出し、ため息を付いてしまう。
「お役に立てるタイミングで戻って来れたのはなによりでした
 仕事で必要とされることは、自分の望むことでありますから」
大麻生は大きく頷いている。

「僕が休みの日に、ごめんねー
 電話してくれれば良かったのに」
所長席の黒谷が苦笑しながら近寄ってきた。
「いや、日野と楽しんでんの分かってるのに、それは出来ないって
 誕生日くらいは休みなよ、黒谷、一番休んでないじゃん」
俺が言うと
「そうですよ、働くときは働く、休むときは休む
 きちんと休んで身体を休めないと、かえって仕事の効率が落ちますからね」
大麻生も同意してくれた。
何となく『仕事が一番大事な仕事一辺倒(いっぺんとう)な化生』だと思っていたので、俺は少し驚いてしまった。

俺の視線に気が付いたのか
「荒木もですよ、今は学業優先、仕事はほどほどに
 けれども一番大事なのは『健康』です
 大事な試験の日に体調を崩さないよう、十分注意なさってください
 その辺りは、白久も協力してくれると思いますが」
大麻生は真面目な顔で俺に助言してくれた。
「大麻生って、白久や黒谷と仲良いの?」
白久から、それなりに長い付き合いだと聞いたことがあった。
「そうですね、ジョンがしっぽやから抜けた直後に自分が来たので、歓迎してもらえました
 戦力として期待されるのは嬉しいことでしたよ
 とは言え、初めてこちらに来たときは皆何やら浮かれていたので、正直戸惑いもありましたね」
大麻生が顔をしかめると、黒谷がばつの悪そうな顔になった。

「いやー、あの時はねー、ちょっとミーハーだったと言うか
 ジャーマンシェパード、しかも警察犬なんて、まるっきりカール殿と同じだったからさ
 犬種は違うけど同じ犬として、あのドラマは僕達興味深く見てたからね
 『大スターが来た!』みたいな気分になっちゃって」
弁解する黒谷に
「おかげで、生前見知らぬ人間に『カール』と呼びかけられた謎は解けました
 多くの人間が自分を見ると高確率でそう言ってくるので、不思議に思っていたのです」
大麻生は腕を組んで頷いた。

「俺はそのドラマ知らないけど、白久、ハロウィンの仮装でシェパードやったときに同じ事言ってた
 『カール殿』に扮(ふん)して良いのかって
 あの時事務所のクローゼットの中から借りた服って、大麻生のだったのかな
 勝手に使っちゃってごめん」
俺は改めてそれに気が付いた。
「かまいませんよ、タンスの肥やしになるより着ていただいた方が服も嬉しいでしょう
 シェパードになった白久、自分も見てみたかったです」
大麻生は微笑んでくれる。
そうすると表情が和らぎ、フレンドリーな雰囲気になった。


コンコン

ノックと共にドアが開き
「たっだいまー、残暑厳しくてまいるぜー
 そんな中でもきちんと仕事をこなす俺、凄い!」
汗をかいた空が脳天気な声と共に帰ってきた。
「お、かり首揃えて何やってんの?」
興味深そうにこちらを見る空に
「そーゆー時は『雁首(がんくび)』って言うんだ、中途半端に読んで雑に覚えるな」
「むしろよく雁(かり)と読めたものだ」
黒谷と大麻生が呆れた顔を見せる。
「読みはあってんじゃん、やっぱ凄いな俺!
 前にカズハとガンモドキ買うときに雁(がん)って『かり』とも読むって教えてもらったの覚えてたんだ」
「「ガンモドキを買ったなら、素直に『がん』で覚えろ」」
2人に同時に突っ込まれても空は全く気にしている様子もなく、彼らのやり取りは漫才を見ている気分にさせられて思わず笑ってしまった。
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