しっぽや1(ワン)

□日野の夏休み
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この時間の校庭では、運動部の練習が行われていた。
今はお盆のため参加人数は少な目だし、基礎運動だけなので教員の数も少なかった。
校門前に佇む俺に気が付いた陸上部の後輩が
「あれ、日野先輩、お盆中は休むって言ってませんでしたっけ?」
そう声をかけてくる。
「部室に忘れ物しちゃってさ、取りに来たんだ」
俺は爽やかに笑って見せた。
「出がけに気が付いて慌てて来ちゃったから連れが居るんだけど、すぐ済むから一緒に入っちゃって良いよな」
後輩は困った顔をしながら黒谷を見ている。
「温和しくさせとくから」
俺が拝む真似をすると、黒谷がペコリと頭を下げた。
後輩は顔を緩め
「先生に見つかったら、先輩が釈明してくださいよ」
そう言って黒谷と共に校内に入り込む俺たちを、見ぬ振りをしてくれた。

思った通り、あの後輩は黒谷に甘かった。
彼が家でドーベルマンを飼っていることを、俺は知っていたのだ。
厳つい犬の可愛らしい一面には弱いはずだと踏んでいた。

俺は部室に向かいながら、ある人物たちを探していた。
先輩が卒業した後、俺のことをレイプした奴ら。
空に用心棒として脅してもらったが、しつけ教室が忙しくなったため、空はなかなかこちらに顔を出せなくなってしまった。
喉元過ぎればなんとやらで、奴らはまた俺に接近しようとしていてウンザリしていたのだ。
そのため、ここで黒谷に脅しをかけ直して欲しかった。

奴らは練習もせず、部室でダラダラとジュースを飲んでいた。
顔を出した俺を見つけると
「何だよ日野ちゃん、こんな状況でご登場とは、期待しちゃってる?」
「いつでも可愛がってやるぜ」
そう言って下卑(げび)た視線を寄越しながらイヤらしい含み笑いをもらした。

「お前等、俺にパトロンいるの忘れてるみたいだから、確認させようと思ってね」
俺は奴らに挑発的な視線を向けてやった。
黒谷が俺を守るように寄り添ってくれる。
奴らは空にビビっていたので、犬が嫌いなことはわかりきっていた。
「こいつが俺のパトロン、前に連れてきた雑魚なんかよりも、ずっと格上だから」
俺は甘えるように黒谷にしなだれかかり
『こいつら、空より黒谷の方が格下だって思ってんだ
 格上だって見せつけてやって』
そう囁いた。
『え?僕があのバカ犬より下?それは聞き捨てなりません』
俺の言葉に、黒谷は割と本気で憤慨していた。

「君たちには、言っておかなければいけないことがあるようだね」
黒谷がグラサンを取って奴らを睨みつけ、低い声で囁いた。
虚仮威(こけおど)しの怒声より、よほど迫力がある声だった。
彼らにとっては爆発する前の犬の唸りに聞こえただろう。
ごくりと唾を飲みながら、ジリジリと後ずさっている。
「僕が本気を出したら、空みたいな柔(やわ)な奴10秒とかからず落とせるから」
黒谷が1歩前に出ると、彼らは弾かれたように部室から逃げ出した。

「第一あいつは日本語もろくに覚えられないしって、あ、ちょっと君たち?」
いきなり逃げ出した奴らに、黒谷が呆気にとられた顔をする。
「ありがとう、黒谷
 マンション育ちの空なんかより、黒谷の方がよっぽど強いのに
 犬のこと知らない奴は、大型犬ってだけで強いと思ってんだからイヤになるよ」
「まったくです、僕と互角なのは波久礼か新郷くらいじゃないですかね
 いやそんなことより、空よりバカだと思われていたら、本当に心外なんですけど」
まだ納得のいかない顔をしている黒谷を宥(なだ)め、俺たちは部室を後にした。
「これで、大会まで余計なこと気にしないで済みそう」
「?そうなんですか?それは良かった」
自分が何をやったか今一分かっていない黒谷だけれど、それでも俺が清々しい気分になったのを察して可愛い笑顔を見せてくれた。

「寄居、部外者を連れてきてるって聞いたが」
帰る途中で、俺たちは顧問の先生に見つかってしまった。
先生のかなり後ろのほうから、あいつらがこちらにイヤな視線を向けてきていた。
チクられることを予想していた俺は
「先生すいません、部室に忘れ物したのを急に思い出して
 散歩途中なんでその辺に繋いどくわけにいかないし、連れて来ちゃいました
 温和しくて、俺にはよく慣れてるんですよ」
何でもないことのようにそう言った。
黒谷が礼儀正しくお辞儀をすると、先生の顔が緩むのが分かった。
顧問の先生は紀州犬を飼っているため、和犬に甘いことは予想済みであった。

「先生、虎毛ってシルバーが似合うでしょ」
「うーむ、確かに
 白毛にシルバーは目立たなくてな
 しかし赤い色はとても映えるんだ、黒い首輪も威厳があるぞ」
「あー、虎毛だと黒は毛色にうもれちゃうんですよねー」
和気藹々(わきあいあい)と話し出した俺と先生に、あいつらが驚愕の視線を向けてきた。

『ザマミロ』
俺は勝ち誇った気分で学校を後にするのであった。
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