しっぽや1(ワン)

□上弦の月〈3〉
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 お父さんに連れられて僕が応接間に入ると、そこには役者みたいに格好良い男の人達が何人かいた。
大学のサークル仲間、であろうか。
お医者さんの家に集まっているということは、医者の卵達かもしれない。
一斉に彼らに見られ、僕はいたたまれない気持ちになってしまう。
『場違いすぎる』
僕は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

「あの、永田 岩月です
 えと、お爺ちゃんが、その…、お世話になりました」
僕が小さな声でやっと挨拶をすると
「岩さんのお孫さんですね、僕達、岩さんには大変お世話になりました」
一番年上に見える男性が、礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとう、って、ずっと岩さんにはお礼が言いたかったんだ」
「ああ、眉の形が岩さんに似てますね」
彼らは口々に、旧知の仲であるようにお爺ちゃんの話をし始めた。
皆、初めて会ったのに親しみを込めた目で僕を見てくれる。
僕がハキハキと挨拶できなかったことをバカにするような人は、皆無であった。
僕は少しだけ気が楽になる。

「この人たち、俺よりずっと爺ちゃんに詳しいんだ
 何でも、この人たちの親御さんの仕事の面倒を爺ちゃんがみてくれてたとか
 何だかんだ長く続けてた仕事だし、それなりにベテランだったんだな
 爺ちゃんは現場の仕事であちこち移動してたから、連絡先がわからなくなってしまったって行方を探してたんだってさ」
お父さんがそう説明してくれると、僕はお爺ちゃんの言葉を思い出していた。
『ジョンが懐く人に悪い人はいなかった』
きっと、お爺ちゃんを慕ってくれる人に悪い人はいないだろう。
僕はさっきよりも親しみを込めて、皆に頭を下げた。

「岩月君、良かったら君もお菓子食べていって
 君のお父さんから貰ったお持たせだけど、お菓子のホームラン王!
 あ、そうか、時間あるようなら夕飯もご一緒にどうですか?
 ハナちゃん、お寿司取ろう、お寿司、特上握り8人前
 大奮発、ウナギもとっちゃおう、肝吸い付き鰻重8人前
 出前のメニューはどこだっけ
 それと、酒屋さんにビールとジュースの配達頼めるかな」
「秩父先生、メニューはこちらに
 今、電話で確認してみます」
急に話が進み始めたので、僕もお父さんも慌ててしまった。
「いや、急に押し掛けてきてそこまでしてもらったら、かえって申し訳ないですよ」
お父さんが恐縮して電話をかけるのを止めようとする。
「いや、それくらいのことはさせてください
 岩さんの消息は、もう分からないとばかり思ってましたので
 僕達本当に嬉しいんです、ね、ジョン」
秩父先生にジョンと呼ばれた青年は
「はい」
僕を見ながらしっかりと頷いた。

『え、この人、ハーフ?』
ジョンと言う名前、茶色い髪、どこかバタ臭い顔立ち。
こんなに間近でハーフの人を見たことがなかった僕は、少し慌ててしまう。
『日本語は通じるのかな?
 でも今、日本語に反応して返事してたし』
ジロジロと見つめてしまったのに彼は嫌な顔をせず、ニッコリと笑ってくれた。
僕はまた
『ジョンは俺なんかより、ずっと嬉しそうに笑ってくれる』
そんなお爺ちゃんの言葉を思い出していた。

思わず
「ジョンって、お爺ちゃんが飼ってた犬と同じ名前だ」
僕はそんなことを言ってしまう。
『犬と同列に扱われたことに気を悪くするかもしれない』
僕がそのことに思い至り
「あ、いえ、すいません」
すぐに謝ると
「あのお方…いえ、岩さんはジョンのことを何て言ってましたか?」
顔を輝かせながらそう聞いてきた。
「えっと、人懐っこくて賢くて可愛い犬だったって」
僕の言葉に
「賢くて、可愛い…賢くって可愛いってさ」
彼は幸せそうな笑顔になって、他の人達を見回した。
「俺だって、賢いってさんざん言われてたぜ」
髪は茶色だけど、純和風の顔立ちの人が対抗するように言っていた。

「あ、それ…」
僕はジョンさんが握りしめている物に気が付いた。
それは、お爺ちゃんが大事にしていたお守りだった。
「こちらの方に差し上げたんだ、形見分けみたいなもんだな」
お父さんがそう説明する。
「これって、俺より岩月さんが持ってた方が良いのかな
 これ、昔の自分みたいなもんだから」
ジョンさんはよくわからないことを言うが、お守りを大事そうにしっかりと握っていたので
「いえ、ジョンさんが持っていてください」
僕は自然とそんな言葉を言っていた。

「ジョンって呼んで
 今は上弦って名前だけど、やっぱりジョンって呼ばれた方がしっくりくる」
年上の人を呼び捨てにするのは気が引けるけど、あだ名ならかまわないのかなと思い
「上弦ってお月様ですね、ジョン」
僕はそう聞いてみた。
いきなりの言葉だったのに
「うん、下弦を探してるんだ」
ジョンは優しく僕を見て微笑んだ。
彼にわかってもらえたことに、僕はホッとして嬉しい気持ちになった。
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