しっぽや1(ワン)

□淡い初恋?
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翌朝、俺と白久はいつもより早く家を出た。
まだ爽やかな空気が残っている時間、少し遠回りしてしっぽやに向かう。
途中、早朝からやっている牛丼屋でモーニングを食べてみた。
「ふうん、朝は軽めのメニューとかあるんだね」
こんな早い時間に初めて店に入った俺は、いつもとは違うメニューが珍しくて目移りしてしまった。
「クロと日野様は、たまに利用するそうです」
「そっかー、これも、こっちも美味しそう
 よし、今日はこれにする
 今度また、朝に来てみよう」
「はい、飼い主との朝の散歩、朝ご飯付き
 贅沢で楽しいです」
俺達は顔を見合わせて笑い合った。


しっぽやに着き、朝の掃除を開始する。
「もう少しすればタケぽんも来てくれるし、受付は俺達に任せて白久は捜索に出て良いからね」
「朝からそんなに依頼は来ませんので、大丈夫ですよ」
そんな会話を交わす俺と白久に
「そうそう、むしろ土日の朝は、俺が大忙しなのだ
 今日もしつけ教室、午前も午後も満員電車、ギュウギュウ詰め」
空が笑顔を見せる。
「満員御礼(おんれい)ですね」
すかさず白久が訂正する。
「そうそう、そのオンリー」
わざとなのか本気で間違えているのかわからない空の言葉に
「満員なのに、オンリー」
俺は思わず笑ってしまった。

業務開始時間を過ぎると、しつけ教室参加希望者が徐々に集まりだした。
俺はその中に、見知った顔を発見する。
「あれ、弘一(こういち)君?」
驚く俺に
「荒木先輩、おはようございます
 あの、ここって、しつけ教室もやってるってジジイ…、爺ちゃんに聞いて
 ちょっと参加してみたいなって
 ラキ、まだ5ヶ月前だから、しつけとかって早いのかな」
弘一君はモジモジしながらそう言った。
弘一君は、白久達化生を診てくれる『秩父診療所』の医師、カズ先生のお孫さんだ。
先月、カズ先生からの依頼で、俺と白久は『ラキ』の捜索をしてる。
弘一君が連れている秋田犬の子犬ラキは、俺が見たときよりずいぶん大きくなっていた。

「こんにちは、大きくなりましたね」
白久がさりげなくしゃがみ込み、ラキの頭を撫でている。
今日のことをラキに伝えているのだろう。
ラキは白久を覚えているのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「大丈夫ですよ、この子は賢い子だから弘一君との付き合い方を学べる機会を喜んでいます」
白久がそう言うと
「えー?そんなことわかるの?」
弘一君は半信半疑な感じながらも、嬉しそうな顔をする。
「わかりますよ、私はこれでも、長くこの仕事をやっていますからね」
白久のもっともらしい顔をみて
「お兄さん、スゲー!ラキのことすぐ見つけてくれたし、優秀だって荒木先輩も言ってたもんね」
弘一君は白久を見て頬を染めた。

そんな弘一君の態度を見ていると、俺の心の中にモヤモヤした思いが生まれてしまう。
『えっと、カズ先生は秋田犬の親鼻さんが好きだった
 亡くなってる秩父先生も、秋田犬の親鼻さんが好きだった
 ってことは、今、秋田犬を飼ってる弘一君が白久に惹かれても不思議はない…のか?
 秩父の血を持つ者って、秋田犬に魅了されやすい??』
自分でもバカな考えだと思うものの、一回そんな疑問が浮かんでしまうと俺はそれを否定できなくなってしまう。
しつけ教室参加者が空と一緒に事務所を出て行っても、俺の胸の中はそんなモヤモヤした考えでいっぱいだった。

「荒木、どうかなさいましたか」
白久が少し心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「え?あ、いや、子犬の成長って早いなって
 ラキ、前はヌイグルミみたいだったのに、しっかりした顔立ちになってきたね」
俺は何気なさを装って、そう答えた。
「やはり可愛らしさでは、あのくらいの年頃の方にはかないませんね…」
白久が少しションボリするので
「いやいや、白久だって可愛いよ
 それに凄く格好いいし、子犬より断然頼りになる」
俺は慌ててそう付け加えた。
ホッとしたような白久の顔を見て
『弘一君には悪いけど、白久は俺の飼い犬で、俺のことが好きなんだ』
俺は優越感を感じてしまった。
タケぽんが出勤してくる前で、事務所には化生しかいなかったので
「白久、愛してる」
俺は白久に抱きつくと、少し濃厚な口付けをした。
白久もそれに応えてくれる。
それで、俺の不安はずいぶん和らいでいった。


その後は、いつものような時間が流れる。
出勤してきたタケぽんと未入力のデータを入力し、入力済みで10年以上前の古い報告書をスキャナーで取り込んでいく。
取り込み終わった物はシュレッダーにかけていった。

ポツポツと入ってくる捜索依頼をこなし、気が付くとお昼の時間になっている。
「白久はまだ捜索中だけどそろそろ空が帰ってくるから、ひろせとタケぽんは先にランチに行ってきたら?
 ついでに水出し麦茶のパック買ってきて」
「はーい」
仲良く出かける2人を見送って、俺は事務所のソファーで一息つくのであった。
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