しっぽや1(ワン)

□新年会
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既に見知っている荒木君と日野君が化生と共にやってきて、新年会の開始となった。
「皆、今年もよろしくな
 変わらず化生と共にあろう」
そんなゲンの挨拶で、乾杯する。
野菜が投入された鍋からは、グツグツと具が煮える温かな音が響き食欲をそそる匂いが漂っていた。

「皆さん、今回魚に詳しい桜ちゃんが参加してくれてるんで、ちと珍しいもんがテーブルにならんでまーす!
 豪華!剣先イカの姿作りは桜ちゃん作
 唐揚げはワカサギじゃなく、チカだってよ
 ツミレは鰯じゃなく鯵でーす」
ゲンが皆に向かい話しかけると、俺は一斉に注目を浴びた。
「凄ーい!このイカ刺し桜さんが作ったの?
 俺、ゲソの刺身、初めて食べた
 コリコリしてて美味しい」
「あんまり魚臭くなくて食べやすいと思ったら、鯵のツミレなんだ」
「チカ?初めて食べました
 てっきりワカサギだと思ってましたよ」
尊敬混じりの視線を向けられ、俺は照れくさくなってしまう。
「いや、自分で釣ってこれれば、もっと珍しいものを用意できたんだが」
俺の言葉に続き
「暖かくなって仕事が一段落ついたら、色々釣ってくるからな
 そしたらごちそうするよ」
新郷がそんな事を言う。
「楽しみにしてます!」
期待に満ちた眼差しで見つめられ、俺はさらに照れくさい気持ちになるのであった。

「ビールをオレンジジュースで割ると、飲みやすくなりますねー」
カズハさんが感心したように中川さんに話しかけている。
「アルコール苦手でも、けっこーいけちゃうでしょ
 これならカズハさんも飲めるんじゃないかなって思って
 気に入ってもらえたなら良かった
 そうそう、スーパーでクラフトビール祭りやってたから色々買ってみたんです
 フルーティーで飲みやすいのもあるから、試してみますか?
 口に合わなかったら、俺とゲンさんで後を引き受けるから大丈夫」
「せっかくだから、少しずつもらってみようかな」
興味津々と言った顔のカズハさんからは、酒を強要されている戸惑いはみじんも感じられない。

「先生、カルピス割りたいからこっちも炭酸貰って良い?」
「ストレートのGOGOティーにオレンジジュース入れるのもありだな」
学生組はアルコールには興味がないようで、オリジナルジュース作りに没頭している。
皆が自分のペースで過ごし、楽しく和やかに笑っているこの集まりは、とても居心地がよいものだった。

「桜さんも、気になるのあったら開けてみてください」
中川さんが親しげに話しかけてくれる。
「ありがとう、最近クラフトビールよく見かけますね
 興味はあったけど、ついオーソドックスなのばかり選んでしまって
 実は未だに飲んだことないんですよ」
俺は苦笑気味に告白する。
「とりあえずビール!の1杯目はクラフトビールじゃ、なーんか趣がねーんだよなー
 やっぱフツーにヱビスとかキリン、朝日あたりでいきてーじゃん」
ゲンが俺の隣に移動してきてヒヒッと笑う。
「わかります、それで俺も今まで試したことなかったんですよ
 今回せっかくだから、と思って」
クラフトビールの瓶や缶を物色しているゲンに、中川さんが笑顔を向けた。

「お、缶に猫の絵が描いてある
 これは猫好きへの挑戦みたいなクラフトビールだな
 その挑戦、受けた!」
ゲンが缶を取り上げると、カズハさんが
「僕も、ちょこっとだけ」
はにかむような笑顔でグラスを差し出した。
ゲンがほんの少しグラスに注いだそれを口にして
「さっぱりしてる気がするけど、僕にはきついかな」
カズハさんは苦笑した。
「ゲン、俺にも頼む」
興味がわいた俺もグラスを差し出した。
俺にとってはスッキリしていて飲みやすい味であった。
「へえ、美味いものだな」
俺が感心して言うと
「気に入るのがありましたか?良かった」
中川さんが笑顔を見せる。
「よし、次はこっち!」
「これ、フルーツっぽい香りがする
 これは飲みやすいです」
「こっちのはコクがあってまろやかだな」
「これはちょっと苦みが強いかな
 しかし、深い味わいだ」
気が付くと、初対面の人を交えて俺は楽しく酒を飲んでいた。

「桜ちゃん、良かったね」
俺の機嫌を敏感に感じ取っている新郷が笑顔を向ける。
「ああ、参加して良かったよ」
俺は素直に頷いた。
「新郷もこれ飲んでみるか?」
俺が差し出したグラスを受け取った新郷が中身を飲み干すと
「あれ、いつも飲んでるビールと違う
 コク旨じゃん!」
ニヒッと笑ってそう言った。
「お、違いの分かる男だな
 空はもうダウンだ」
ゲンが指さした先には
「俺、やっぱ、甘くてミルク入ってないとダメだー」
ペットボトルのカフェオレをあおっているハスキーの化生がいる。
「空は本当に可愛いね」
その頭を、カズハさんが優しく撫でていた。
それを見て、化生と触れ合っていても変に思われないこの空間を作りたがるゲンの気持ちが、分かるような気がした。
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