しっぽや5(go)

□楽しい夏休み〈番外編〉秘密の夏休み
4ページ/4ページ

お屋敷で過ごす日々、どんな厳しい修行をさせられるのかと思ったら、これといって特に課題はなかった。
早朝、まだ清々しい空気の庭を散歩して料理番が作ってくれた美味しい朝食を食べ、昼食まで川で海(かい)と一緒に魚を捕ったりする。
昼食後、ひろせと一緒に波久礼の部屋に行き、そこでやっと猫とのつながり方を習うのだ。
合間におやつを食べ、料理番に手作りバターや簡単おやつのレシピを教えたり、夕飯の後は温泉でまったりして、しっぽやでのバイトが無い分、夏休みダラダラ満喫コースを謳歌するばかりだった。

離れに泊まっているモッチーは朝が遅くなりがちだったけど、似たような感じで過ごしていた。
でもモッチーは車で買い出しに行ったりして役に立っている。
ミイちゃんがソシオに会うため一緒に彼女の部屋で話し込む時間もあり、何かアドバイスを受けているようだ。
ダラダラ生活も3日目を迎え、さすがに焦った俺はミイちゃんに何を教わったのかモッチーに聞いてみた。
「実はよく分からん
 俺は本能的に身を守ってるから、無自覚の方が良いとかなんとか
 守りたい人が側にいるときは、避難部屋をイメージで作って籠もれって言われたが、部屋に入りきる人数しか守れないってさ
 部屋って言っても、タタミ1畳分位らしいから多くても3人が限度かね
 自己鍛錬でもう少し広げられるかもしれないが、何をすりゃ良いんだか検討がつかねーよ」
モッチーからは漠然とした答えしか返ってこなかった。

「範囲を広げる…
 俺の場合自己鍛錬で能力が広がれば、広範囲の猫を感じ取りやすくなるだろうけど
 探してる猫かどうかの判断が付かなければ猫師匠みたいになりそうだ」
悩む俺に
「捜索対象の猫かどうかは僕が判断するので、タケシは僕を捜せるようにする、とかどうでしょう
 せっかく2人で捜索するのだから、双子のように挟み撃ちを狙ってみたいなって思ってたんです」
ひろせがアドバイスしてくれた。
「確かに、慣れてるひろせの気配を広範囲でも探せるようになるのが先だね
 ここの庭は広いし木立が多いから、隠れんぼ感覚で練習してみようか」
俺達はそれから何もない時間は、庭で過ごすようにした。


生前も山の中で飼われていたし屋敷にも慣れているひろせは、庭に入ると上手く隠れて気配を殺すことが出来た。
初めのうちは全く分からなかったひろせの気配が、何度かやるうちに木立の間から感じ取ることが出来るようになっていた。
鳥の気配、虫の気配、木々の気配、山の気配、水の気配、庭にある様々な自然の気配の中から、ほんの微かに感じるひろせの甘い気配。
5日目には天気によっても時間によっても、場の雰囲気やまとう空気の気配が違うことに気が付くことが出来ていた。


いつものように庭での隠れん坊の最中、突然神聖な気配が近づいてくるのに気が付いた。
山の様に大きく、空の様に果てしない、包み込むような輝く気配。
俺は無意識のうちに気配に向かって平伏(ひれふ)していた。
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら
 ちょっと派手に登場しすぎてしまったわ、随分感じ取れるようになりましたね」
木立の間から現れたのは、ミイちゃんだった。
既に先程感じていた神聖さは消えていたが、輝きは残っていた。
「色々な物の見方が変わったでしょ
 これは言葉で説明し難いから、自分で気付けないと感じ分けられないのよ
 この山は雑念が入ってこないし初心者の練習場所として適していると思うのだけど、どうですか?」
「はい、ほんの微かな気配でも、ひろせを感じ取ることが出来るようになりました
 耳を澄ますように、心を澄ますことも出来るんですね」
俺の答えに彼女は微笑んで頷いてくれた。

「せっかくの夏休みですから、楽しんで修行して欲しかったの
 ひろせとの隠れん坊、楽しそうで何よりです
 時短を目指すと、歩みが早くなって体力的にもトレーニング出来そうですね」
「確かに、頑張ってやってみます」
初めて具体的なアドバイスをもらった俺は、それからは時短も意識してキビキビ動くように気をつけた。
足に筋肉が付いたかは謎だけど、今までよりも遠くに隠れているひろせを見つける時間は短くなっていった。


お屋敷滞在最後の日の前日。
俺はひろせが去った方角とは逆方向の木の上に隠れている彼を、探し始めてからすぐに見つけることが出来た。
「凄いです、今回は本気で気配を消して隠れたのに
 タケシが僕に気が付いてくれて嬉しい」
しっかりと抱きついてくるひろせを抱きしめ返し
「ひろせのことは見失わないよ」
そう言って頭を撫でてやる。
2人っきりの林の中で久しぶりに強く触れ合った俺達は、そのまま唇を合わせた。
「せっかくタケシと一緒にいるのに、出来なくてモヤモヤしてます」
「俺も」
明日には帰ってしまって、また事務所でしか会えない日々が戻ってくる。
同じ事を考えていた俺達は身体が勝手に反応してしまい、その場で何度も熱くつながりあった。
それはこの夏休みで1番の幸福な思い出として、2人の心に刻みつけられるのだった。





「まあ、いろいろ頑張ったし、猫の捜索において少しは進歩できたんじゃないかとは思います
 何か高2の夏休みって特別ですね」
何を頑張ったか言葉を濁す俺に、先輩達は顔を見合わせてビミョーな表情になる。
「高2の夏休みか、確かに最大級に特別だったな」
「人生変わったよ、俺が自分に戻れた」
何だかオーバーな言葉だけど詳しく聞くことははばかられる雰囲気だっし、俺だってひろせと最後に何をしたのかは2人だけの秘密にしたかった。
高2の夏休みは特別な秘密に満ちている。

「あ、ひろせが帰ってきた、アイスミルクティー作ろう」
「おっと、長話しすぎたか、未整理書類の入力しなきゃ」
「ここの片づけはタケぽんに任せて、桜さんとゲンさんのとこにもお土産届けてくるよ」

俺達は夏の思い出を胸に、仕事を再開するのだった。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ