しっぽや5(go)

□自分だけの居場所
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side<SHIROKU>

犬にとってテリトリーは守らなければならない大事な場所だ。
猫にとってもそれは同じなのだろうが、犬のテリトリーは流動的な場合もある。
ジョンは生前、岩さんと一緒に木賃宿を移動する生活をしていたが、それに不満はなかったらしい。
ジョンにとっては岩さんこそが大事なテリトリーであった証だろう。
私たちも化生してから三峰様のお屋敷を離れ、アパートを借りて転々としていた時期がある。
それに特に不安がなかったのは『しっぽや』という場所がテリトリーの核になっていたからだ。
今は影森マンションと言う安住の地を得ていたが、飼い主が望むのであればしっぽやを出ることもマンションから離れることも厭(いと)わない。
飼い主を得た化生にとって、飼い主こそがテリトリーになっているのだ。
土地や部屋そのものに執着はなかった。


「明戸、皆野、今日も引っ越し準備を手伝いますよ」
業務終了後のしっぽやで双子猫に声をかけると
「ありがとー、白久みたいなデカ犬に力仕事手伝ってもらえると助かるよ
 せっかくだし夕飯も部屋で一緒に食べよう
 荷物減らすために、買い置き食べ切っちゃいたいんだ」
「新居の掃除は一通り終わったので、今日から荷物を運び込もうと思ってたんです
 食器類、いる物があれば手伝いのお礼に差し上げます
 明戸とお揃いの食器で2客あるものが多いから、荒木と2人で食事をするには十分なのでは
 ただ、大皿は持って行こうと思ってますが」
2人とも明るい顔で答えてくれた。
「それでは部屋に帰って動きやすい服に着替えてから伺います」
私たち3人は影森マンションまで一緒に帰って行った。


汚れても良い服に着替えてから双子の部屋に行くと、夕飯の準備中だった。
大量のおかずが用意されている。
「あのお方の真似をして、乾物やレトルト、缶詰、冷凍食材を買い込んであったので凄いことになってます」
皆野が苦笑すると
「生前は気軽に買い物にいけない場所に住んでたからなー
 あのお方は1週間分の食材、まとめ買いしてたんだ
 今は毎日スーパーに寄れるしコンビニもあるけど、ついため込んじゃってさ」
明戸も頭をかいていた。
「新居ではトノやチカの好みを取り入れた買い置きにします
 防災の非常食もかねて賞味期限の長いレトルトや缶詰があると便利だ、と教わりました」
皆野に言われて
「私にもどのような物が適しているか教えてください
 非常食は備蓄しておいた方が良さそうです
 犬としても、食料をため込むのは心躍りますし」
私は笑ってそう言った。
「確かにな、あのお方が庭を掘ったらあちこちから骨が出てきたって大騒ぎしたことがあったけど、俺達の前に飼われてた犬の宝物だったんだ
 お母さんが水煮にしてくれた牛骨とか、少しずつカジって楽しんでたみたい」
「牛骨、それは羨ましいですね
 この身体では、もう歯が立たないのが残念です」
「俺も久しぶりにネズミを丸ごと食べたいよ」
「雀くらいなら何とかなりますかね」
私たちは獣だった頃のごちそうを語りながら、人と同じ物を食べる幸せを享受(きょうじゅ)する夕飯を楽しむのだった。


食事が終わると焙じ茶で一服し、運び出す物の算段をする。
「テーブルは荒木がパソコンデスクにしたいそうなので、このままいただきます
 食器棚や冷蔵庫もこちらの物の方が大きいので、もらえるのは助かります
 洗濯機やテレビも買い換えずに済みました」
「うちは人数増えるから、もっと大きいのじゃないと不便そうだからさ
 そのまま置いていける方が逆に楽で良いよ」
明戸は屈託無く笑っていた。

「今日は明戸の文机と食器類、衣類を移動する感じですかね
 ベッドは直前でないと、双子の寝る場所が無くなってしまいますから」
「布団1組あるし暖かくなってきたし、俺達雑魚寝で良いんだけどね
 流石に白久1人でベッドの移動は出来ないもんな」
「それは、モッチーのお友達におまかせしましょう
 泊まりがけで手伝ってくれるそうです
 家電の設置もしてくださるとか、本当にありがたい事ですね」
双子の言葉に私も頷いた。
「私の部屋の方も手伝ってくださるそうですよ
 ここは腕によりをかけてお礼のお弁当を作らないと」
「私も夕飯を用意します、お酒のツマミの作り方も長瀞に聞いておかないといけませんね」
「あのお方が飲むときはスルメと柿ピー、夏なら枝豆が定番だったけど、今は色々あるみたいだもんな
 チカがお酒を飲むようになったら、俺も好みのツマミとか作れるようになりたいよ」
明戸は幸せそうに微笑んだ。
「荒木は、私に影響され緑茶を好むようになりましたから、お酒を飲まれるようになるのは先のことですね
 私は緑茶に合うお茶菓子を研究中です」
飼い主の話をしていると時が経つのを忘れてしまう。
1時間近く話し込んでいたことに気が付いた私たちは、慌てて荷物の移動に取りかかるのだった。
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