しっぽや5(go)

□三峰様来訪
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「ここは、人が住まない方が良い場所ですね
 1度払っても、また何かが寄ってきてしまう
 人工的な道、いえ、何と言ったらいいのでしょうか…人の視線?
 絶えず誰かが監視して、元に戻そうとしている気がします
 今まで感じたことがない感覚ですが、何なのでしょう」
三峰様が難しい顔をした。
「それって、動画を撮られちゃってるからかな
 誰かがそれを再生する限り、元の場所の状態が蘇ってくるような感じ?」
日野の言葉に人間達はハッとする。
「そうか、写真より動画の方がその場の雰囲気とかの再生率高そうだもんな
 ネットに流れちまってるから、管理してるうちが申し立てても完全に削除するのは難しい
 鼬(いたち)ごっこだ」
「見てる人は、心霊スポットは心霊スポットのままでいてもらいたい
 何なら、より強力な心霊スポットになれば良い、とか思ってるもんな」
「最近のブームは悪循環を生むね、望んで人の住めない場所を作り出すなんて」
皆、呆れたように大きなため息を吐いていた。

「ここにはもう、人が住む予定は無いのですか」
三峰様が確認するように聞くと
「建物取り壊して駐車場にしよう、ってことで話はまとまってるんだ
 ただ、解体業者に頼もうとすると話が2転3転してな
 どうしても先に進めなかった
 駐車場にしたところで、事故でも起こるんじゃないかと冷や冷やしてたところだ」
ゲンは腕を組んで首を振る。
「ならば、何とかなりそうです
 ここの場所は今風に言うと『ヤバい』
 私では相性も悪く、人が住めるまでにするには何十年もかかりそうなのですよ
 遠き山に住む深緑の君なら何とか出来そうなのですが
 今は呑気な河童なので無理かしら」
三峰様はクスリと笑っていた。

「側で見た方が勉強になるとは言え、今回の人数、守りながら払うのは無理ね
 せっかく来ていただいたのに、ごめんなさい
 今回は1人で行かせてもらうわ」
三峰様の言葉に異を唱える者は誰もいなかった。
1人で家に入っていく小さな少女の後ろ姿を、私たちは固唾を飲んで見守った。
その身体は一瞬、四つ足の獣に戻ったように見えたが、すぐに引き戸が引かれ姿が見えなくなった。

辺りの空気がビリビリと震え、誰も言葉を発することが出来ない。
一瞬、家の中から眩しい光があふれ出たが、それは天に還る道にはならず直ぐに消えてしまう。
その光に気が付いた人間は、ナリだけのようだった。
光が消えた空はどんよりとした雲に覆われ、小雨が降ってきた。
見ていなくても三峰様が何をなされたのか気配で分かる。
力業で相手をねじ伏せ、蹴散らしたのだ。
この雨は蹴散らされた物の最後の足掻きだろう。
私に真似できようもない、それは圧倒的なパワーを感じさせる気配だった。
けれども私たちは人の念を散らす場を体感し、その感覚を肌に刻み込むことが出来た。
もっと弱いものなら、私でも何とかなるかもしれない。
トノのことを守れる一助を得られ、私は満足感を覚えていた。
明戸や他の猫達も頷いている。
引き戸を開けて姿を現した三峰様は私たちの顔を見て
「何か、掴んでくれたようね」
満足そうな笑顔を見せた。

「これで暫く大丈夫だと思うわ
 また凝り固まらないうちに、更地にしてしまった方が良さそうよ
 あーゆー方達が、場を荒らす前にね」
三峰様の指し示す方を見ると、数人の少年達がスマホを構えて門の前からこちらの様子を伺っている。
「脅し要員モッチー、出動」
ゲンの命令でモッチーが『はいよ』と軽い調子で答え、彼らの方に向かって行った。

「君たち、ここによく来るの?敷地に入ったりした?
 荒らされたり不法投棄された形跡が顕著なんで、法的手段に訴える準備中なんだ
 変な噂で土地の価値が下がって、こっちは大損だし
 賠償請求も視野に入れてるから、あらぬ疑いかけられる前に帰った方が良いよ
 俺たちのこと撮った?
 それがネットに流れたら名誉毀損も追加されるかもね
 というか、こっちも君らの顔は押さえたから」
気が付くと長瀞がスマホを彼らに向けて構えている。
少年達は脱兎のごとく逃げだした。
「咄嗟のことで粗だらけの脅しだけど、大丈夫ですかね」
戻ってきたモッチーは首を傾げているが
「お前さんは言葉より図体で脅してるようなもんだから、ガキには効果絶大だろ」
ゲンはカラカラと笑っていた。

気が付くと、雨が降った形跡は跡形もなく、辺りは明るさを取り戻し暑さも戻ってきていた。
「暑くなってきたー、ミイちゃん、俺、アイス奢ってあげる
 お茶屋さんで作ってるアイスなんだ
 追加のトッピングで白玉とかあんことかあるよ」
「まあ、アイス!」
日野の言葉で三峰様の顔が輝いた。
「和のスイーツ、興味ありますね」
「あんこ!」
「波久礼も一緒に行こうよ」
「うむ、今日は暑いから冷たい物が美味しそうだ」
こうして私たちは事務所近くのお茶屋さんでいったん車から降ろしてもらい、アイスを堪能してから帰る。
事務所では愛しい飼い主のトノが私を待っていてくれた。

新しい感覚を覚えた私は、トノを守るためならきっともっと力が出せる、そう誇らしく思う事が出来ていた。




後日、三峰様に振る舞った手作りアイスのレシピを教えて欲しいと連絡してきた武衆の料理番に、私も本格日本料理とプロの洋食屋さんのレシピを教えてもらい、実りの多い三峰様の来訪となったのだった。


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