しっぽや5(go)

□古き双璧〈11〉
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トノはベッドの下や小机の下、引き出しの中、壁に飾られていた額縁の裏をチェックしている。
何をしているのか不思議に思い見守っていると、私の視線に気が付いたトノは
「いわくのある部屋だと、お札が貼ってあったりするだろ
 つい確認しちゃうんだ
 怖がりで自分でも嫌になる」
そう言ってベッドに腰掛け、うなだれてしまった。
以前にも『怖がりだ』という話は聞いていたが、今は状況が違っていた。
私が人外の化け物であるという事を知ったら、きっとトノは怖がって離れていってしまうだろう。
一大決心をしたはずなのに、正体を明かす勇気が一気に崩れていく。

「頼りないヘタレでごめん、きっと皆野の方が強いんだろうな
 何事にも動じないで皆野を守れるほど強くなれたら、チカみたいに強ければって、考えるばかりで実行に移せないんだ」
膝に置かれているトノの拳は震えていた。
「いいえ、私も怖がりです、今も怖くてしかたありません
 トノが私の事を怖がって、去ってしまうのが何よりも恐ろしい
 けれどもトノに本当の私が知られてしまったらと、別れの予感と共にビクビクしながらお付き合いするのも恐ろしい
 きちんと伝えなければいけないことがあるんです
 トノのことを好きになればなるほど、私は貴方から離れて生きていけない
 今の関係が壊れても、続いても恐ろしいのです」
私の言葉は震え、涙が頬を滑り落ちていった。
トノはベッドから立ち上がり、私を力強く抱きしめてくれた。

「俺だって皆野と離れるのは恐ろしいよ
 君たちには何か秘密があると、俺もチカも気が付いてた
 言いたくなければ無理に聞こうとは思わない
 皆野の気持ちの整理がついてから教えてもらえると嬉しいけどね
 その秘密は、皆野のことを嫌いになったり怖がったりするような事じゃないと確信しているよ
 だって、皆野はこんなにも素敵な人なんだから」
トノの優しい光と温かな気配に包まれて、私は彼の言葉を心の中で反芻(はんすう)した。
『皆野はこんなにも素敵な人なんだから』
私なんかよりトノの方がずっと素敵だ。
トノが私を信じてくれているのに、私がトノを信じなくてどうする。
『トノなら私を拒絶しないでくれる』
希望の光にすがるような思いで
「私の過去をお見せします
 願わくば、トノが私のことを怖がらず飼ってくださいますように」
私はそう言うと戸惑った顔のトノにキスをして、そのまま伸び上がって彼の額に自分の額をすり付け目を閉じた。
それは、愛おしく懐かしい取り戻すことの出来ない時間に出る旅であった。




自分が山の中で生まれた猫であったこと。
狐に襲われ怪我した私をあのお方が保護し、懸命に看病してくれたこと。
美味しいものを食べさせてくれたこと。
居場所を与えてくれたこと。
愛してくれたこと。
幸せな時間が、突如終わりを迎えたこと。
猫だったときの一生を、私はトノに心で伝えた。


思い出の旅が終わりるとトノの額から自分の額を離し、恐る恐る目を開けて彼の顔を見る。
トノは顔を歪めて泣いていた。
それは化け物が側にいる恐怖に怯えているように見え、私の心は闇に沈んでいく。
『消滅』
その言葉が胸を満たしかけたとき、トノは強く強く私を抱きしめて意識を現世に留めてくれた。

「あんなに…、あんなに純朴で良い人たちだったのに
 日常に幸せを感じながら穏やかに日々を過ごし、四季と共にゆっくりと年を取っていける人たちだったのに
 それがあんなにあっさり終わってしまうなんて、惨(むご)すぎる…」
トノの涙は恐怖のためではなく、あのお方を悼(いた)んでのものであった。
私と明戸以外があのお方のために涙を流す事など考えたこともなかったので、驚いてマジマジとトノの顔を見つめてしまう。
「皆野と明戸も土砂に飲まれたんだね
 苦しくて冷たかったろう
 少しでも皆野の苦しみを癒し、温かくいられるよう俺に手伝わせてくれ」
トノの言葉が胸に広がっていく。
「私を、飼っていただけるのですか」
泣きながら聞く私に
「もちろんだよ」
トノは力強く頷いた。
「私はトノが恐れる化け物なのに…」
「俺が怖いのは、何故そこに存在しているか分からない化け物だって気が付いた
 皆野は再び人に愛されたくて、人を愛したくて存在しているんだろう?
 怖がる理由は全くないし、俺をその相手に選んでくれて嬉しいと思ってる」
照れたようなトノの笑顔が私に何よりの安心感をくれた。

張りつめていた気が抜けたため、トノに抱かれているという状況を私は意識し始めていた。
体が徐々に反応していく。
トノにもバレてしまっているだろう。
「私達は飼い主に発情します
 この体でどのようにすれば良いのか教えていただけますか」
上がっていく息の元、トノに顔を近づけて聞いてみると彼は真っ赤になって口をパクパク開いていた。
けれども鼓動は私のものと同じように早く、その身体は熱を帯び反応を示している。
トノは大きく息を吸って深く吐くと
「皆野が嫌な思いをしないよう頑張ってみる」
真面目な彼に相応しい、誠実な返事を返してくれた。

私達は1つのベッドの上で、夜更けまで体も心も繋がり合った。
愛を囁かれるたび、貫かれるたび、想いを解放するたびに、トノに飼ってもらえる幸せに満たされていく自分を感じていた。
化生してからの長い年月、魂の片割れの明戸が居るから寂しくはないと思っていたのに、こんなにも飼い主を待ちこがれていたのかと自分でも驚いた。

冷たい土砂から心をすくい上げてくれた温かなこの手を、けっして離さないと胸に誓う。

私は再び愛する飼い主を手に入れたのだった。








注釈:皆野と明戸の過去については『いつまでも2人で』で詳しく語られています。
気になる方は、読んでみてください。


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