しっぽや5(go)

□古き双璧〈6〉
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歩いていると、ふいに明戸の表情が変わった。
ずっと彼を見ていたので、その小さな変化に気づけたのだ。
あちこち動いていた視線が1点を見つめている。
俺がその方向を向いても、特に変わった事には気付けなかった。
見つめる明戸の瞳孔が、少し縦長になった気がする。
それは猫を思わせるキレイな瞳だった。
何かを囁くように唇が微かに動いているが、声を発している訳ではない。
神秘的で美しい明戸を、俺は固唾を呑んで見守っていた。


どれくらいそうしていただろうか。
ふいに明戸の表情が元に戻り
「くっそー、もう少しだったのに」
悔しそうに拳を握って言葉を吐き出した。
「明戸…?」
声をかけて良いものかどうか、躊躇(ためら)いながらも名前を呼んでみると彼はハッとして
「猫の泣き声がきこえたんだけど、場所の特定まで出来なくて、ごめん」
申し訳なさそうに謝ってきた。
「そうなんだ、俺、ちっとも気が付かなかったよ」
明戸の能力の高さに感心するが、彼が集中しきれないのは側に俺が居るからなんじゃないかと居たたまれなくなってくる。
「この辺を重点的に探した方が良さそう?」
『別行動を取った方が良さそうだよ』
そんな返事が返ってきたらどうしようかと思ったが、明戸はまた俺と一緒に歩き始めてくれた。

「白パンが帰ってきたら、ちゅるーをあげてね
 かつお節味のカツオがあるんだって?それが好きみたい」
明戸は笑いながら話しかけてきた。
「よく白パンの好物知ってるね
 若い頃はマグロベースが好きだったんだけど、年取ってから鼻が利かなくなってきたのかカツオベースの方が食いつき良いんだ」
「カツオの方が香りが強いから
 俺はマグロが好きだけど、かつお節は別格なんだよなー
 秋は焼きサンマ、冬は鱈鍋、寿司は中トロ、朝の定番アジの干物、魚って美味しいよね」
美しい明戸は、案外庶民的な食べ物を好むようであった。
移動中は白パンの思い出話をしたり、公園のベンチに座ってスポドリを飲んだりして、俺は明戸とデートしているような浮かれた気分になっていた。
それはとても楽しい一時で、白パンが居なくなってからのここ数日の疲れや悲しみや憎しみが溶けていくような心地よさを感じていた。


気が付くと日がかなり高くなっている。
スマホで時刻を確認すると、13時を過ぎていた。
まだ白パンを見つけられていないけれど、明戸をかなり歩き回らせてしまっている。
それが仕事とは言え、少し休ませてあげたかった。
それは建前で、本当は俺が明戸と一緒にランチを楽しみたいという思惑があったことは否めない。
俺がランチに誘うと彼は頬を染め輝く瞳で
「行きたい!」
と快諾してくれた。
俺は大胆にも彼の手を握り、そのままファミレスまで歩き始めた。
明戸は手を握られながら素直に歩いている。
少し冷たかった彼の手が熱を帯びて温まっていく。
俺の心も温まっていった。


ファミレスに着くと早速メニューを広げ、俺たちは色々と吟味する。
「明戸は今日も日替わりメニューにする?
 アジフライ定食だよ、魚好きって言ってたからピッタリなんじゃない?
 俺、ヒレカツ丼にしようかな、スタミナつけとかなきゃ
 野菜が足りないからシーフードサラダも追加で
 歩き回って疲れたから、甘い物も頼んじゃえ
 チョコバナナサンデーにするか」
俺が指さす物を、明戸は真剣な顔で見ていた。
「俺も、俺も近戸とお揃いが良い」
彼は昨日のように俺とのお揃いにこだわっていて、幸せな気分になった。
「ドリンクバーも頼んで、少し休んでいこうか」
「うん、アイスオレンジティーが美味しいんだよね」
俺が教えたことを復唱する明戸が可愛くて
『これが単なるデートだったら、どんなに楽しいか』
そう思わずにはいられなかった。

食事をしながら明戸は捜索の進捗状況を教えてくれる。
「白パン、帰ってきてくれると思う、今すぐは無理でも近いうちに
 白パン自体は衰弱してる感じはしないんだ
 どこかで置き餌でも見つけて食べてるのかな、今は外でも温かいし脱走してから雨が降ってないから凌(しの)げてるみたい
 えっと、根拠は無くて、勘、みたいなものだけど」
曖昧な明戸の言葉だったのに、俺はそれを信じられるような気がしていた。
「明戸は今まで何匹もの迷子猫を見つけてきたんだろ?
 その経験と勘を信じるよ」
そう言葉にすると
「ありがとう、近戸のこと好きだから、信じてもらえて凄く嬉しい」
明戸は華やかに笑いそう告げてきた。
『え?好きって、どんな意味で?』
俺の心の中はみっともないくらい狼狽(うろた)えてしまうが、好かれているなら明日もまた明戸と2人っきりでランチを楽しみたい欲が出てきた。

『2人っきり…?』
自分の思考の違和感に、俺はやっと気がついた。
「そういえば今日って、2人体制で挟み撃ちを狙うって言ってたね
 相方さんってどうしたのかな
 俺も挨拶くらいしないと悪いよね」
俺の発したその問いで明戸の目が見開かれる。
みるみる青ざめていく明戸の顔を見て、俺は自分の失言を感じていた。
「あ、いや、都合つかなくて来れなくなったならしょうがないよ
 明戸が来てくれただけで十分嬉しいから
 俺、明戸のこと好きだし」
焦りまくって自分でも何を言っているのかわからない勢いで、俺は彼に告白してしまった。

明戸は目を見開いたまま、呆然と俺を見つめるばかりだった。


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