夏の音

□一日目
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 病院に着けば、そこには拓也さんが待って居て、救急車内では言えなかった、此処までの経緯を話した。
 その時も、ユウヤさんはジンさんが心配になったのか、たまにジンさんが居る診察室をちらちらと見て、悲しそうな表情になるのを繰り返していた。

 診察結果を待つ間、僕達は診察室入口の脇に設置されているベンチに座っていた。
その間、ユウヤさんからはピリピリとした緊張が伝わり、僕自身も、段々とだけど胸の鼓動が速くなっていたのを感じた。
 5分もたつと、診察室の扉から白衣を身に包んだ白髪の男性が出てきた。
その人が来ると、ユウヤさんは勢いよく立ち上がった。 僕もその勢いに釣られ、立ち上がる。

 白髪の男性は、僕達に流暢な英語を話かけている。
でも、英語は僕にはわからないため、ただ喋り終わるのを待ってた。
一方の拓也さんは、英語を理解出来ており、時々頷いたりをしていた。
 ――そう言えば、ユウヤさんって英語わかるのかな?
男性が話している間は、ある意味暇で余計な事をつい考えてしまう。
でも、4人の間には緊張が走り僕は怖くてユウヤさんの方を向けなかった。


 「ジン自身に、疲労が溜まって居ただけらしい」
. 拓也さんがそう言うと、僕達二人は一気に緊張が解けたのか、ほっと息を付き、肩が降りた。
ユウヤさんは「よかったぁ」
と言いながら微笑み、それに対し僕は「ですね!」と返答した。

 「あの、それでジンくんはどこに...」

 「あぁ。 疲労だけらしいから目が覚めるまで入院をしても良いって事になったんだ。 だから一日ぐらいしたら...嫌、もう起きているかもしれないぞ」

拓也さんが僕達に優しく微笑みをかける。
ユウヤさんも微笑み、いつものユウヤさんに戻って来た事に喜びを感じた。


‘202’と書かれた部屋のプレートには、まだ来たばかりだからか、名前が入っていなかった。だから、そこにジンさんが居ると僕達はわかっているから、なんだかの違和感を感じる。

 「ジンくん、入るよ?」
ユウヤさんは2、3度ドアを叩き、横開きのドアを静かに開ける。
室内には、ドアを開けるさいのレールの音以外は、何一つ聞こえなかった。
しん、と静まり返った部屋。
余りの静かさに、開けてもいない窓からセミの声がジリジリと聞こえる。
やけに広いその部屋に、ぽつんとベッドが置かれており、
そこにジンさんが、目を閉じ寝ていた。
 「ジンくん...」
 「まだ寝ているみたいですね」
 外からのセミの声しか聞こえない静かな病室に僕達の声が響く。
 僕達は、ジンさんの元まで行き、ジンさんを見下ろした。
病的なほど白く透明な肌に、一本一本が細く絹の糸見たいな黒く輝いた髪は、寝ていたとしても何一つ変わらなかった。
 まるで、写真から切り抜いたようにジンさんは完璧で。
そんなジンさんは、なんだか怖かった。

 「じゃあ、煩くしてジンを起こすのは悪いから、今日はもう帰るぞ」
しばらくたつと拓也さんはそう言った。
僕は名残惜しいような気持ちを割り切り、扉の方へ向かう。 が、ユウヤさんが居ないのを感じふと、振り返る。 するとやはり、ユウヤさんはベッドの側に居たままだった。

 「...拓也さん」
ジンさんの方を見ながら、ユウヤさんは呟き振り向く。 僕達を見つめるユウヤさんは優しい笑顔を浮かべる瞳は無く、オメガダインの元テストプレイヤー、風間キリトを相手にしたような力強い瞳を向けていた。

 「今日は、ここに残らせてください」

ユウヤさんの目には決意しかなかった。
多分、今のユウヤさんには何を言っても聞かないだろう。 それは拓也さんにもわかっているのか、苦笑いをしながら「無理はするなよ」
と言い、部屋から出る。 やはり、拓也さんは優しいな
なんて思いながら、僕も微笑み「無理はしないでくださいね!」
と言い、お辞儀をして静かに部屋から出た。

扉を閉めると、「ありがとうございます!」
ユウヤさんがそう声を張り上げていた。


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