桜と永久の約束

□仮の名
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――宿屋・一室



「ということで、明後日の夕方まで僕たちが貴方の看病をしますので、何かあったら言ってくださいね。
ぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は八戒といいます」



女のそばに立って、八戒は手を伸ばした。
その手を、細い手が掴む。



「よろしく。お願いします」


「次は俺だな。俺の名前は沙悟浄。よろしくな、お嬢さん」



悟浄はスッっと近づき、彼女の手を取り口付けようとした。
しかし、



「何すんだよ、クソガッパ!!!」



彼女のすぐそばにいた悟空が悟浄の手から女の手を離す。



「ぁ?俺なりの挨拶だよ」


「そんなことしたらこいつがゴキブリ菌で汚れるだろ!!」


「んだとッ!!」


「もう、二人ともみっともないですよ」



八戒が二人を取りなす。
三蔵は背を壁にあずけ、彼女を見ていた。
窓から入ってくる風で、長い黒髪がサラサラと揺れる。
風に乗って、なぜか匂うはずのない香りを感じて目を閉じた。



(この匂いは…)



脳裏に浮かんだ、薄桃色の花をとても懐かしいと感じた。
三蔵は胸の奥がトクリと跳ねた気がした。
無意識に、胸に手を当てる。



(…一体、なんだ)



閉じた目を開いて、ベッドに座る彼女を見ると目の前を薄桃色の花弁がちらついた。



(…!?)



驚いて、目をこすれば幻だったかのように消えた。



そんな彼の様子を八戒は見ていた。



「どうかしたんですか、三蔵?」


「いや…別に」


「…そうですか」


「なぁなぁ、こいつ名前覚えてないんだろ?
なんか呼び方ないと不便じゃない?」


「そうですね。数日で記憶が戻るかもしれないですけど、一応仮の名をつけますか。
花子とかどうですか?」


「八戒、そのネーミングセンスはないわ」


「偽名としてはいいと思ったのですが」


「じゃあ、男だったら太郎なのかよ」


「そうですよ」



当然、という笑顔で八戒が悟浄を見る。



「…桜」



壁際で黙っていた三蔵がポツリと呟いた。



「サクラ…?あ!!!」



悟空が急に声を上げる。



「いきなりなんだよ、大きな声出して」


「匂い!!!」


「だからなんだよ!!!」


「だから、こいつの匂い桜の匂いがするんだって」


「ぁ?」


「桜の匂い?」



八戒と悟浄はそう言われ、風に乗って香る彼女の匂いを確かめた。



「たしかに」


「桜だな」



フッ、と二人が感じた瞬間。
脳裏を桜の木々がよぎった。
何故か、それがとても懐かしいと感じた。



「どうかしたの、二人とも?」


「…ぁ?」


「いえ」



固まっていた二人を、悟空は不思議そうに見つめる。



「さくら、ですか?」


「…イヤか?」



三蔵がチラリと彼女を見た。



「いえ、ありがとうございます」


「桜、よろしくな」


「はい」



彼女の口元が淡く微笑んだ気がした。
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