悪女


□season7
3ページ/31ページ

『Solaris』


珠理奈がいつものように
ビールケースを奥から持って来ると
由紀が椅子に腰を降ろし
カウンターにうなだれていた。
「由紀ちゃん?」
「なんか疲れたから
一休みするって。」
陽菜がテーブルを拭きながら
そう告げた。
「由紀ちゃん?大丈夫?」
珠理奈が肩を叩いた時
由紀の体がずり落ち床に倒れた。
「由紀ちゃん!?」
由紀の顔は青ざめていた。
「小嶋さん救急車!!」
「分かった。」
珠理奈はすぐに
麻里子に連絡を入れていた。

喫煙室で休憩していた麻里子の下に
優子が入って来た時
麻里子のケータイが鳴った。
相手を確認すると
通話ボタンを押した。
「どうした珠理奈?」
『麻里姉!由紀ちゃん倒れた!!』
「倒れた!?」
座ろうとしていた優子は
突然の大声によろめいた。
「倒れたって・・・」
『今救急車呼んだ所。』
「分かった。夕方には病院行くから
珠理奈は陽菜と一緒に
由紀の傍にいてくれ。」
『分かった・・・』
「頼んだぞ。」
電話を切ると
麻里子は煙草を灰皿に捨てた。
「さっさと事件片付けるぞ。」
「由紀さんの所行かなくて
いいんですか?」
麻里子が喫煙室から出ると
優子も後を追った。
「珠理奈がいるし夕方には
ちゃんと行く。」

仕事を早々に片付け病院へ行くと
珠理奈と陽菜がロビーのベンチに
座っていた。
「珠理奈。」
「麻里姉・・・」
「由紀は?」
「とりあえずは大丈夫だって
お医者さんは言ってた。
検査の結果待ちで由紀ちゃんは
病室で寝てる。」
「そうか・・・
店は閉めて来たのか?」
「それどころじゃないよ。
戸締まりはしてきたけど。」
「そうか。」

−−−
目が覚めると隣に座っていた
麻里子が口を開いた。
「なんでここまで黙ってた?」
「え・・・?」
「・・・由紀の心臓・・・
もう保たないそうだ。」
麻里子の言葉に
頭が真っ白になった。
「もって後1ヶ月・・・
さっき医者にそう言われた。」
「1ヶ月・・・」
「レシピエントの登録は
一応してきたが
間に合うかどうか・・・」
麻里子の顔を見ると
しばらく何も言葉が出なかった。
「・・・麻里子。」
「何だ?」
「いいよ。無理しなくて。」
笑顔を作ってみせると
麻里子は目を丸くした。
「由紀?」
「移植なんてしないから。」
麻里子は口を噤んだ。
「同じ血液型だから珠理奈に
ヘンな事されても嬉しくないし。
だから私は・・・諦めるよ。」
そう言って麻里子を見ると
肩が震えていた。
「気にしないで。
麻里子のせいじゃないんだから。」
「由紀・・・」
「二つお願いがあるんだけど。」
「お願い?」
「最期まで傍にいてくれる?」
「ああ。勿論だ。」
「ありがとう。あともう一つの
我が儘なんだけど。」
「何だ?」
「麻里子と結婚式挙げたい。」
「結婚・・・式?」
「私の夢。」
「・・・分かった。私からも
一つだけ我が儘言わせてくれ。」
「なに?」
「今だけ泣かせてくれ。」
「いいよ。」
すると麻里子の目から
壊れたように涙が溢れ出した。
「由紀・・・」

ウエディングドレス姿で
珠理奈が押す車椅子に乗り
教会の扉が開くとタキシード姿の
麻里子が立っていた。
参列者は優子と陽菜をはじめ
みなみ達も集っていた。
自然と笑顔が浮かぶと
車椅子が押され
赤い絨毯の上を進み始めた。
麻里子の隣まで来ると
麻里子は静かな笑顔を浮かべながら
二人で前を向いた。
誓いの言葉を交わし合うと
陽菜が二つの指輪を持って来た。
麻里子に指輪をはめられると
震える手で麻里子の左手薬指に
指輪を嵌めた。
「それでは誓いのキスを。」
牧師の言葉を合図に
麻里子にベールを外された。
「由紀。綺麗だよ。」
「麻里子も。」
麻里子は笑顔を浮かべると
顔を近付けた。唇が触れ合うと
参列者から拍手が起こった。
「・・・麻里子。」
唇が離れると体は自然と
麻里子に抱きついていた。
麻里子に車椅子を押され外へ出ると
参列者達が並んでいた。
「由紀ちゃん!綺麗だよ。」
珠理奈の言葉を先頭に
様々な明るい綺麗な言葉が
飛び交っていた。
「珠理奈!」
振り向きそう言うと
出来る限りの力でブーケを投げた。
「麻里子の事・・・よろしくね。」
空がひどく晴れていて
教会近くのベンチに
麻里子と腰を降ろした。
「・・・これが
最後の願いでいいのか?」
麻里子が口を開いた。
「うん・・・」
体の力が抜け始めていた。
「もっと他にもあったろ。
月並みだが美味しい物食べたいとか
自由に遊びたいとか・・・」
「これが良いの。
麻里子と一緒にいたいの。」
目から自然と涙が出ていた。
「・・・そりゃ本当はもっと
いろいろあるよ・・・
いろんな美味しいもの食べたいし
行った事無い所に
旅行にも行ってみたいし・・・
アイドルもやってみたい・・・
でもね・・・何を考えても
いっつも隣に麻里子がいるの・・・
私の一番の願いは
麻里子の傍にずっといたい・・・
麻里子といろんなこと
やりたい・・・
本当はそれだけなの・・・」
「・・・そうか。」
麻里子は静かに頭を引き寄せた。
「死にたくないよ・・・」
「分かってる。」
「麻里子の傍にずっといたい。」
「泣くなよ。」
麻里子の声は優しかった。
「折角の綺麗な顔が台無しだ。」
「麻里子・・・?」
「約束しただろ。
最期まで一緒にいるって。」
麻里子に頭を撫でられながら
聞こえてくる声に耳を傾けた。
「まだ時間はある。
由紀が笑って眠れるまで
ちゃんと傍にいる。だから何も
心配しなくていい。」
「麻里子・・・」
麻里子は手を握った。
「今の由紀が一番綺麗だよ。」
「ありが・・・とう・・・」
そう口にした後
瞼がゆっくりと閉じていった。
−−−

目を覚ました時
病室の白い天井が見えた。
辺りを見回すと
朝日がカーテンの隙間から漏れ
隣では珠理奈が眠っていた。
「・・・夢・・・?」
そう呟きながら体を起こすと
紙袋を持った麻里子が入って来た。
「由紀。起きたのか。」
麻里子はそう言いながら
由紀の隣に座った。
「由紀の着替え
取りに帰っててな。」
「麻里子・・・
私・・・生きてるの?」
「何言ってんだよ。」
由紀の言葉に笑いながら返すと
着替えをクローゼットに入れた。
「何でこんなになるまで
黙ってたんだよ。」
「え?」
由紀は麻里子を見た。
「風邪をこじらせた肺炎だそうだ。
最近仕事が立て込んでて
気付かなかった私も悪いが
何か言ってくれても
良かったんじゃないか?」
「う・・・うん・・・」
「過労もあったみたいだが
大分寝てたから
少しは気分も良くなったろ。」
「うん。」
「あと二、三日入院だから
ゆっくり寝てな。」
「分かった。」
由紀が頷くと
麻里子は珠理奈を起こした。
「私は仕事があるから帰るから
ちゃんと休めよ。」
由紀が頷くと麻里子は踵を返した。
「麻里子。」
「ん?」
「・・・やっぱ何でもない。」
由紀がそう言うと
麻里子は笑みを浮かべた。
「まだ大分疲れてんじゃないか?」
「かもしんない。」
由紀が笑顔を浮かべると
麻里子は帰って行った。
麻里子が帰ると
由紀はベッドに沈んだ。
「着たかったな・・・
ウエディングドレス。」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ