頂き物

□王女カガリ 番外編
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「結局、着れず終いだったな・・・」

部屋の隅に掛けられている一着のドレスを眺めながら、私はそんなことを呟いた。

腰の位置より下に豊かに拡がるシフォンドレープ。この国最高級の純白のシルクを使い、膝元から裾に向かいザフトの禁色である赤、そして金の刺繍が一糸一糸丹念にあしらわれている華やかなドレス。頭には儚げで神秘な雰囲気を纏う紗のヴェール。ため息が出るほど芸術的なそれは、帝国中の針子を総動員して作られたものであり、皇太子の成婚の儀で着るはずだった私の婚礼衣装だ。

「そんなことを言っても仕方がないだろう。今は君に負担を掛ける訳にはいかないんだ。」

私の呟きを聞いた夫はさも当たり前のようにそう言い、酒を仰いだ。

不正を行っていた貴族たちを一掃したあの議会から9か月が経った。次々と改革を起こしていく新政府。そしてその筆頭、摂政となり皆を導いていくアスラン。その姿は無能皇子と蔑まれていたとは信じられぬほどである。

本来であれば私は既にアスランの正妃となっているはずだったのだが、未だ私の立場は側妃のままである。側妃となるには皇帝、皇太子の許可を得、後宮に入ればその身分となる。しかし、正妃となるにはこの国の法に倣い皇太子との成婚の儀式を終えることによりその地位を得る。即ちいくら実質的な地位がどうなっていようとも成婚の儀式を終えないことには正妃にはなれない。

あの議会から3か月後、私たちは成婚の儀を上げる予定となっていた。しかし、その直前で私の懐妊が発覚。成婚の儀の後は貴族たちへの挨拶を含めた夜会、民衆へのお披露目、その他の手続き等ハードなスケジュールとなっていた。それは妊娠初期の私への負担は計り知れないということでほぼ無理やり、アスランが成婚の儀を先延ばしにしたのだ。ほぼ準備は揃っていたというのに。

今の私は後宮を出、本殿でアスランと共に暮らしている。実質的には正妃であるが、立場はまだ側妃のままだ。焦る必要はないとはわかっているが何とも微妙な気持ちでもある。

「折角こんなキレイなドレス着れないなんてもったいないじゃないか。作ってくれた人たちにも申し訳ないし・・・」

「また作らせるのだからいいだろう」

「そういう問題じゃないだろう!」

「ではどうあればいいんだ?逆に針子、織り子たちにすればいい事じゃないか。皇太子妃の婚礼衣装を二度も作れるんだ。皇族、それも皇太子妃の衣装を手がけたとなればその者達の名声も上がる。そして何より金が回る。俺たち皇族にはある程度の贅沢は必要だ。国の経済を担うためにも。俺たちが金を使えばそれは民たちに回る。まぁ、かといって無駄遣いは言語道断だが」

あまりの正論に押し黙ってしまう。それは私だって重々承知している。私たち皇族はいかに民たちの生活を潤すことが出来るのか。その為に私たちはある程度の散財も必要だ。それはわかっている。

「わかってるけど・・・」

ムスッと不貞腐れる私を見て、アスランは軽く息を吐くと、私の前にいた彼は立ち上がり私の隣に腰を下ろす。

「カガリ。もし、君の身に何か起これば俺はきっと自分自身を許せなくなる。皇太子としては民を一番に考えている。でも、俺個人としては君のことが一番大事なんだ。だから考えられる負担や、危険は出来るだけ排除したい。どんな些細なものでも。わかってほしい」

そんな風に優しく諭されれば私は何も言えなくなる。アスランと想いが通じた後から彼は私への干渉を隠さなくなった。過去のトラウマもあると思うのだが彼はものすごく心配性である。私がどこで何をしているのか自分が知っていないと心配と不安で執務にまで影響するとディアッカが言っていた。そして独占欲が強い。普通ならば鬱陶しいとも思える彼の好意なのだが、色んな一面が見れて、そしてその独占欲までもが嬉しいと思ってしまう私も相当重症だろう。

「わかってる。でもそれは私も同じだぞ?改革からあまり時間が経っていないし、忙殺されるほど仕事があることもわかる。だからって何日も寝ずに執務をするのはダメだ!」

アスランについてわかったことが他にもある。彼は集中すると食事も睡眠も忘れて没頭してしまうのだ。周囲が危険を感じるほどに。幾度もそんな状態になり、彼は侍従たちに叱られている。

「アスランが私を大事に想ってくれているのと同じように、私だってアスランが大事だ。アスランに何かあるかもしれないと思うと心配で心配で仕方ない。私がそんな気もしになればこの子も心配するんだ。だから自分のこともちゃんと大事にしてくれ」

少し強めにそう言うと、彼はバツの悪そうに苦笑いを浮かべる。

「すまない。気を付ける」

その言葉を受け、私はニコリと笑みを浮かべた。すると彼はごろんと寝転び、私の腿に頭を乗せる。そして膨らみを帯びた私の腹部を優しく撫でる。そんな彼の柔らかな藍色の髪に指を通し、優しく梳く。擽ったそうに笑う彼に自然と私も顔が綻ぶ。

他にもアスランについてわかったことがある。彼は二人でいるとよく幼子のように、私に触れ甘えてくる。私はそれがどうしようもなく嬉しい。

「男の子と女の子、どっちだと思う?」

腹部を撫でる彼にそう問うと、彼は嬉しそうに、どこか可笑しそうに笑う。

「皇太子としては男を産んでくれと言うべきなんだろうけど・・・」

撫でていた手を止め、臍にキスをする。

「男の子でも、女の子でも元気に産まれてきてくれればそれだけで十分だ。どんな子が産まれようとも俺と君の宝物には違いない。そうだろう?」

無邪気な幼子のような笑みに、その言葉に、不意に胸が詰まり涙が出そうになる。彼は起き上がり私の額と自分の額を合わせ、優しく私の髪を撫でる。

「愛してるよ、カガリ」

その言葉に私は彼の頬を撫でる。

「私も愛してる」

そう言って、私たちは笑いあった。



END・・・
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