頂き物

□侯爵令嬢の憂鬱
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煌々と煌びやかに光を放つシャンデリア。華美なだけでなく、歴史と荘厳さを醸し出すそれは数代前の王の時代、この国屈指の職人より献上されたという。

その煌めきの下には老若男女、数多の人々が、優雅にダンスを、談笑を楽しんでいる。

この国一番の腕を持つ王宮楽団の奏でる音色はとても優美で心地よい。

貴族社会にとって夜会とは一つの仕事でもある。情報収集、人脈確保、権威の誇示など。主に開催をするのは上級貴族であるが、今夜のそれはその比ではない。

今夜の夜会の開催者は国王陛下である。といっても国王陛下は現在病気で療養中のため、名代ととして王太子殿下が主人となっている。そして参加者はこの国の全ての貴族と令嬢達。

なぜ、令嬢達まで残らず参加を義務付けられたのかというのは、この夜会が王太子殿下の妃選びにもなっているからだ。

華美に着飾り媚びを売る令嬢達。王家と繋がりをもとうとギラギラと目を光らせる男たち。

面倒だ。この上なく面倒だ。

そんなことを思いながら、周りに気付かれないようにため息を吐いた。

かく言う私も参加者の一人である。といっても侯爵家の一人娘である私ははなから妃になるつもりもなれる立場でもない。我が家には跡取りは私しかいないため婿を取り爵位を継がなければならない。なので私は自分の婿探しに勤しむ。婿なので狙うは次男や三男。領地運営は私がするつもりなので、出しゃばらず、私の後を付いてきてくれるような男が望ましい。でも、バカはダメだ。それなりに頭の切れる男でないと。できれば顔もそれなりに整っている方がいい。産まれてくる子供のためにも顔面の造りは良いに越したことはない。親友にそう言うと、“フレイはそんな人とは結婚出来ないと思うぞ…”と何故か哀れみを込めて言われてしまう。

いや、確かに私はもう行き遅れと言われてもしょうがない年齢だ。私の家柄的に縁談があってもおかしくないのに、そんな話は無く、夜会で目をつけた男に話しかけようなら何故かみな顔を強張らせ逃げていく。

今日も今日とて声をかけようものなら当たり障りのない言葉をかけられて去られて行く。いい加減心が折れそうだ。

(どうしてこう、上手くいかないんだろう。ちょっと泣きそう。一応あたし、巷じゃ“オーブの薔薇”なんて大層な通り名で通ってるんだけどな…)

憂鬱な気分を押し隠し視線を上げればある一団が目に入る。

ケバケバしい化粧にギラギラしたドレスにアクセサリー。媚びを売るような猫なで声。

(ちょっと、塗ればいいってもんじゃないわよ。うわ、そのネックレス首もげそう…。香水キツ過ぎ。鼻潰れそう…。)

そっと鼻を扇で隠しながらその一団をもう一度チラリと見る。

群がる令嬢達の中心には頭一つ分背の高い男がいる。

サラサラな栗色の髪。アメジストのような紫の瞳は大きく、整った顔はどこか幼げな雰囲気をもつ。

そう、この男こそ今日の夜会の主役であるキラ・ヤマト王太子殿下である。

令嬢達に柔和な笑顔を振りまくその姿は正しく王子様。だけど私は知っている。その笑顔の仮面を外せばただの腹黒であるということを。

私とあの男はいわゆる幼馴染というやつだ。王宮で外交官をしている父は陛下からの覚えも良く、母を早くに亡くした私はよく父について王宮き来ていたのだ。そこで、同い年ということもあり、王子の遊び相手としてよく遊んでいたのだ。ちなみに、あの男の双子の姉である王女は私の親友だ。純真無垢な素直で可愛い大切な親友。

思い出すだけで忌々しい、奴にされた嫌がらせの数々。鬼ごっこでは執拗に追い回され、大嫌いな虫の類を服に入れられ、刺繍に落書きされ、無理に外に連れ出され…とまあ、その他にも数え切れないほどの嫌がらせを受けてきたのだ。

何よりもタチが悪いのがあの男、私が怒ったり泣いたりするとそれはそれは嬉しそうに笑うのだ。もう、腹黒というかただのど変態だ。

そんなこんなでこんな夜会に引っ張り出されるなど迷惑この上ない。おまけに婿探しも上手くいかないし。

というかあの男、すでに何人もの側妃がいりはずだ。それをこの期に及んでまだ妃をとるのか。この色欲魔め。

それにしてもあんなに素直で可愛い親友の半身がどうしてこんなに変態なんだろう。まぁ、親友もちょっと…、いやかなりズレてはいるが。

「解せない。解せないわ…」

「何が解せないの?」

「だからどうしてあんなに可愛いカガリの双子の半身があの腹黒ど変態なのかってことよ。」

「ふーん。腹黒ど変態ねぇ。」

そこまで話、私はハッとする。

男にしては少し高めの、柔らかく優しげな声。しかし優しいだけでなく威厳も含まれている。この声を私はよく知っている。忘れたくても忘れられない、あの声。

恐る恐る顔を上げればそこにあったのはあの柔和な笑顔。

「げっ。」

思わず出てしまった声に、当の男は心外そうに肩を竦める。

「フレイ、そんなにあからさまに嫌な顔しないでよ。それに腹黒ど変態だなんて、一つ間違ったら不敬罪で捕まっちゃうよ?」

いつの間に。見つからないように隅から婿を物色していたというのに。周りを見れば彼を取り囲んでいた令嬢達が物凄い形相でこちらを見ている。逆に令息達はまるでこちらは見ていませんというかのように、そろそろと私たちの周りから離れていく。

この男、幼馴染という名目をたてにやたらと私に絡んでくるのだ。無駄にキラキラした容姿に王太子という地位まで付いてくる。私たちの関係は周知されており、そんな男の幼馴染であり、“オーブの薔薇”などと持てはやされる程度には容姿に恵まれた私に手を出してくる男などよほどの野心家かバカしかいないのだ。

だから嫌だったのに…。これであたしの婚期また遅れるな…。お父様、ごめんなさい…。

「これはこれはキラ王太子殿下。ご機嫌麗しゅう。この度はお招きいただき有難うございます。ご壮健そうで何よりです。」

サッと表情を変え、笑顔を貼り付ける。伊達に貴族社会で生きてきてはいない。この程度のことで狼狽えてはいけない。

「フレイ、そんなに畏まった言い方やめてよ。僕達の仲でしょ?」

どこか悲しげに眉を下げるその姿はどこか捨てられた子犬のようで。だけど私は惑わされない。この仮面の下に。

「いえ、私はただの臣下の娘。殿下にそのような不敬を働くわけにはいきません。」

「腹黒ど変態とか言ってたのに?」

(それはあんたがいるとは思わなかったからでしようが!)

そう声高に言いたくなるのを必死に抑える。

「ま、そんなことはどうでもいいんだけど、フレイ、婿探し上手くいってる?」

そうきたか。確実にわかっていて聞いてきている。本当にタチが悪い。あまりに鬱陶しく取り繕うのを忘れ思わず睨んでしまう。

すると彼は面白そうに、どこか嬉しそうに笑う。

あぁ。そうだった。彼に対してそんな顔で睨んだところで逆効果だ。この腹黒男は人の嫌がる顔が大好物なのだから。こうやってわざわざ近づいてくるのも私が嫌がることを知っていて。本当に腹立たしい。

「ねぇ、どうして君の婿探しが上手くいっていないか教えてあげようか?」

「は?」

まさかの言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。

(え、何て?こいつ何言ってるの?)

「それはね、こういうことだよ。」

言うや否や、私は彼に強く腕を引かれ、抱きすくめられる。

その瞬間、一人の男が彼の背に向けて剣を振り下ろした。しかし、それは計ったように控えていた近衛により受け止められ、返り討ちにあう。それと同時に私の背後でも剣と剣のぶつかり合う音が聞こえた。恐る恐る背後を見れば藍色の髪をした近衛が私に背を向けながら斬撃を受け止めていた。そしていとも簡単にそれをなぎ払い、相手の剣を落とす。そのまま鳩尾に蹴りを入れらた男は吹っ飛び泡を吹いて倒れる。

「捕らえろ。」

無駄に色気を孕むバリトンはそれも聞き慣れたもう一人の幼馴染のもので。

彼の声に大広間に騎士達が乗り込み、次々と夜会に参加している貴族達を捕らえていく。

捕らえられた者達はある者は崩れ落ち、ある者は奇声を発する。騒然となる夜会に残りの貴族、令嬢達は唖然とことを見ていた。

「え、アスラン、何してるの?」

どう考えても非常事態である。だか、あまりの状況にそんな言葉が出てきた。そんな私に彼は盛大にため息を吐く。

「それは目の前にいるそのバカに聞いてくれ。俺は忙しい。」

さも迷惑そうにそれだけ告げた彼は視線を自分の主のもとへ向ける。

「とりあえず近衛である俺がこの状況でキラではなく王族でもないフレイを守ったのは命令だからだ。」

「だってアスランに守ってもらうのが一番安心だしね。さすがは“オーブの剣”であるザラ家の嫡男。ま、僕は自分の身は自分で守れるしね。それにフレイだってもう王族みたいなものじゃん。僕の正妃になるんだから。」

「とりあえずこれで大方憂はなくなった。さっさと結婚でもなんでもしてくれ。お前が結婚しないと俺も結婚できないんだから。良い加減、カガリと結婚させてくれ。」

疲れたようにそう告げた彼は、剣を鞘に戻し、次々と部下に指示をしていく。少しずつ事態が収拾していく状をポカンと見送る。

なんだろう。ものすごく重大なことを話していたような。それも当事者である私を差し置いて。おまけにあいも変わらず私はキラに抱きしめられたままだ。

というか、これはいったいどういうことだ。どうして国王陛下主催の夜会で名代である王太子に斬りかかる者がいるんだろう。おまけにどうして私まで狙われるのだろうか。そこから導き出される答えに行き着いた私は身体が震え強張った。

(まさか…。)

恐る恐る未だ私を囲う腕の中から顔を見上げる。見慣れたアメジストの瞳と目が合えば彼はニコリと柔らかくわらう。

「数年前からね、クーデターなんかを企てる不埒な輩がいて、やっと尻尾が掴めたんだ。だからこうして一芝居打って一掃させてもらったんだ。で、君の家は王太子一派の筆頭貴族でおまけに君は僕の幼馴染だ。僕の弱点である君は絶対に狙われると思ったから常にアスランを控えさせてたんだ。」

確かに今日はやたらとアスランが視界に入るとは思ってたけど、そんな理由だったとは。まぁ、変態だが王太子としての技量は半端ない彼のことだ。こう大々的に手を打ったということは事態は綺麗さっぱり収拾されるだろう。変態だが無駄に有能だから。

ん、ちょっと待って。そういえばさっきから彼はものすごく重大なことを言っていたような。あれ?

「ねぇ、キラ。とりあえず離してくれる?」

取り繕うのを忘れ、普段の言葉遣いが出てしまったがこの際しょうがないだろう。しかし彼は聞こえていないのか腕が緩むことはない。

「ねぇ、キラ聞こえてる?」

「いいじゃない、これくらい。反乱分子が排除出来るまで君に危険が極力及ばないように公表できなかったんだから。そうそう、君がどうして今まで結婚出来なかったか。それは僕の非公表の婚約者だったからだよ。」

ん?ちょっと待て。今、彼は何と言ったのだ?

「えっとキラ、よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれる?」

「だから、君は僕の婚約者で婚儀は半年後だよ。」

「はぁ⁈何それ⁈」

ニッコリと嬉しそうに私を見下ろす彼。とんでもない爆弾投下に口をあんぐりあけ唖然とする私。

私が彼の婚約者?いったいどういうことだ?それも婚儀は半年後?
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