捧げモノ2

□赤い目が見るその向こう
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天海の家に来て、もう2ヶ月。
初陣の日が近付いていた。

珍しく夜中に目が覚めて、そーっと部屋から出た。
廊下はひやりと冷たく、昼間の暑さが嘘のようだ。

―昼間もこれくらい涼しければいいのに

ぼんやりと思いながら月を見上げていると、きしりと廊下が音を立てる。

そこに居たのは、現当主の篤志様…父上だった。

「父上、夜の散歩ですか?」

「いや、襖の開く音が聞こえたから出てきたんだ。
…なんだ、一人前に夜更かしか」

俺と同じ水色の髪を揺らしながら、父上は隣に腰掛けた。

どこか遠くを見ているような父上の目は金色で、月の光と同じ色だった。
とても綺麗なその目は、鬼を目の前にしても綺麗なままなんだろう

「夜更かしとは少し違います。
ついさっき、目が覚めて…何となく、ふらふらと。」

「そうか。
…もうすぐ初陣だから、緊張しているのしれんかもな」

ポンポンと撫でられる頭が心地いい。
思わず目を細めながら、緩く父上の言葉を否定する。

「いいえ、今のところ恐れはありません。
父上と並んで戦える日を、待ち望んでおりました」

「…そうか、そうだな。
お前はあまり恐れを感じないたちなのかもしれん」

クスリと笑う父に首を傾げれば、いたずらっ子のように目を輝かせて、話してくれた。

「志貴、お前が我が家に来たとき、俺は驚くのと笑うのと嬉しいのと、ずいぶんと忙しかったよ。
イツ花がみどろ御前…お前の母上からお前を受け取って、うちに帰ってきて、俺の顔を見るなりこう言ったんだ。
『着いて早々、イツ花のお尻を触ったのでひっぱたいてやりました!』…ってな」

その言葉に俺は固まることしか出来なかった。
着いて早々となると2ヶ月前……残念ながら、記憶には残っていない。

俺の一番古い記憶は、父上に稽古をつけてもらっていた、1ヶ月前のものだ。

「それは…イツ花に悪いことを」

「気にするな、さすがに覚えていないだろう。
イツ花も、気にしていないんだろう」

真面目に返したのがどこかツボにかすったのか、父上の笑いは止まらなかった。

静かな夜中の天海の邸に、クスクス笑い声が響く。

堪えてはいるらしいが、静かな邸にはやはりよく響いたようで、後ろの部屋の襖が開いた。

「うるせぇぞ、志貴…って、あれ、当主様?」

「やぁ、たくと、起こしてすまない。
ちょっと志貴が来たときのことを思い出してしまって」

未だ笑いが止まらないまま言う父上の言葉に、俺の隣の部屋のたくと兄上がポカンとしたあと、あぁ、と一言こぼした。

「あれか、イツ花にひっぱたかれた」

「そうそう、たくとは覚えているんだな
そうか、2ヶ月前ならたくとは6ヶ月だったか」

懐かしむように細められた目。
短命の呪いをかけられた天海一族に取って、2ヶ月は長い時間のように感じられる。

「えぇ、まだ覚えてますよ。
仮にも当主の第一子をひっぱたいたのにイツ花は誇らしげで、志貴も頬に手形を残してるのにニコニコしてて」

ふっ、と軽く吹き出しながら言うたくと兄上の言葉に、俺は頭を抱えたくなった。

覚えていないとは言え、恥ずかしすぎる。
母のような、姉のようなイツ花にそんなことをしていたとは…

少しずつ明るんできた空の下、笑い続ける父上とたくと兄上がいる中、一人きちんとイツ花に謝ろうと決心した。

 
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