捧げモノ

□私に、できることを
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「姫。
―どうか、最後まで落ち着いてお聞きくださいませ」

私付きの護衛が部屋に来たときに、ある程度のことは予想していた。

少し前から、私の国はおかしくなっていたのだ。


―始まりは、隣の国の突然の侵略。

何年も前に結ばれた停戦条約が、破られたのだ。

風の噂によれば、前王が暗殺された、らしい。


つまりは隣国を乗っ取り、更にはこの世界を牛耳ろうとしている何者かがいると言うこと。

たくさんの国と面しており、広大で肥沃な大地を有する我が国を侵略するなんて、そういうことだろう。

国の大きさに見合うだけの防衛力もあった。


それが、今何故か、私が逃げなければならないような状況になってしまっている。


―異常な事態だ


「王と王妃、そして王子も、何者かに殺されてしまいました

―そして、姫。
王位第一継承者となったあなた様に、隣国の王から、縁談が来ております」



目の前が真っ暗になった。

お父様も、お母様も、そしてお兄様でさえも、殺された?
その上で、私に、縁談?


なんて不遜な男でしょう

自分が殺したと、明言したようなこの状況で、私にお父様たちの仇と結婚しろですって?


「なんという…!
姫様、お断りいたしますね?」

お付きの世話役が怒ったようにそう言ってくれる。

けれど、その言葉にやんわりと首を振った。


きっと、隣国の新しい王も、私が首を縦に振るのを確信した上での縁談話なんだろう。

「姫様?!
どういうおつもりですか!この私でもわかること、姫様がわからないわけがございません!!

―王様を、王妃様を、そして王子様を!
殺した相手と、ご結婚なさるおつもりですか!!」

「口を慎め。
…城下の様子が、わからないわけではあるまい

姫はそのことを考えた上でのご決断だ」

世話役の彼女も、護衛の彼も。
私のことを思ってくれている。

そして、この国の皆が、私達王家を、何よりこの国を愛してくれているから。


私が縁談に応じる理由なんて、それだけで十分だ。

王妃になれば、少しは政策にも口を出せる。
私が縁談を拒否すれば、私が殺されて、世話役の彼女や護衛の彼が殺されて

そして、国の皆が殺されてしまう。


我が国の軍を破り、そして精鋭の護衛を付けているお父様たちを、何の苦もなく簡単に殺せてしまうような相手だ
容易いことだろう。

やはり、他に道はないようだ。


「お受けいたしましょう。
書状は私自身が書きます。
早馬を用意してお待ちなさい」

「姫の、お心のままに」
「姫様…!」

深く頭を下げて、彼は部屋を出ていった。

彼女は、大きな目から涙をこぼし…そして言った。

「姫様、私どもはどこまでも姫様にお供いたします。
姫様の味方は、ここにおります。
―どうか、そのことをお忘れにならないでください…」


未だにぼろぼろと泣いてくれる彼女を抱き締めてから、私は部屋を出た。

書状を隣国に届けよう。
そして、この戦争を終わらせるんだ


馬小屋に続く道を歩きながら、心の中で祈りを捧げる。


―お父様、お母様、お兄様
この、我が国を手に入れるがために始まった戦争。
私が、止めてみせます。


だから、どうか、安らかに…



 

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