二周年記念部屋

□朧月夜に降り注いだもの
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夜中に目が覚めて、ふらふらと部屋から出る。
窓から射し込む月の光が明るくて、導かれるように庭に降りた。

そこで見つけたのは、鮮やかな氷の色。

「柊兄様…?」

「…何か用か」

いつものような鋭い視線ではなく、心なしか雰囲気も違う気がして思わず声をかけていた。

「いえ、特別なにかがあるわけではないんです。
…こんな時間に、どうなさったんですか?」

「どうもしない。
ただ…そろそろ、子が」

やはり珍しく中途半端に言葉を切った柊兄様の隣に腰かけると、見開かれた火色の瞳と視線が絡む。

「そうでしたね、そろそろお子様が来訪するんでした。
…不安、なのですか?」

不安なんて言葉、柊兄様には似合わないのだけれど。
いつもと違う雰囲気だとか、珍しく見開かれた瞳を見ていると、思わず尋ねていた。

「……不安、か
そうだな、この感覚は不安と言うんだろう

三代目に言われたんだ、子どもが来たら訓練は俺がするようにと」

「智明くんが…
ふふ、智明くんらしいですね」

けろっとあっさり言ったんだろうなぁ、と想像する。
智明くんは一護兄様と似ていないところも多いけれど、親子に関する考え方はよく似ているのだ。

「そう、なんだろうか。…俺はあまり三代目のことはよくわからない

…ひなた、お前からも三代目に言ってみてくれないか」

珍しく困った様子で言う柊兄様に、私は首を傾げる。

「何をですか…?」

「俺には子を訓練するなんて向いてない。
…俺が言っても、三代目は聞き入れてくれなかった」

本当に今日は柊兄様の珍しい姿ばかり見ているわ、と思いながら、言葉を返した。

「そんなことはありませんよ。
柊兄様はとってもお強い方です、柊兄様が訓練なさるなら、お子様もきっと強くなります」

ですから自信を持ってください―
そう続くはずだった言葉は、柊兄様に遮られる。

「違う、そういう事ではないんだ
俺が強いんだとしても、それは怨みによる歪んだ力だ!

俺には怨みしかないんだ、そんな俺が人を育てることなど、できるはずもない…!」

ぎゅっと眉間に皺を寄せて目を閉じた柊兄様の叫びは、とても悲しい音を含んでいた。
どうして、柊兄様はそんなことを言うんでしょう

「柊兄様、それは違います。そんなことはありません。
…柊兄様はお優しい方です、それを知っているからこそ智明くんは訓練をお任せしたのでしょう?」

「違う、きっと三代目はただ先代様の真似をしているだけなんだ」

どうしてこんなにこの方は頑ななんだろう。生まれた時から知っている姉様なら、その理由がわかるのだろうか?

「智明くんは、大事なことを決めるのに何も考えずに真似するだけなんて事はしません。
…ねぇ、柊兄様。
一ヶ月の間だけでも構いません、まずはちゃんとお子様と向き合ってください。

やってみなければわからないのなら、やってみるしかないですよ
それに、きっとお子様は柊兄様に会えるのを楽しみにしているはずです」

―子どもってのは親に会うために来るんでしょう?精一杯構ってやらなくてどうするの!

いつものように笑って言った姉様の言葉を覚えている。
だから、柊兄様のお子様も柊兄様に会うために天海家に生まれてきてくれるのだと思う。

「…俺に会えるのを、楽しみに……?
そんな人間が、居るんだろうか」

「居ます。
生まれてきてくれるお子様は、柊兄様に会うために天海家に来るのですから」

ふわりと微笑んで言えば、柊兄様はそうか、と呟くだけだった。


会話もなく、ただぼんやりと見上げた春の朧月。
柊兄様の氷色の髪も、火色の瞳も、明るい月明かりに照らされて優しい色になっていた。



―そしてきっと、柊兄様は変わっていくのだろうなと、朧月を見上げる横顔を見ながら、ぼんやりと思ったのです。
 

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