俺屍部屋

□ため息と笑顔
1ページ/1ページ


春本番、とでも言うように桜の花が咲き乱れる4月のこと。

今月の討伐隊に選ばれた健太郎が自分の武具の手入れをしていると、討伐隊隊長でもある当主、智明が通りかかった。

「おぉ、何だ矢なんか並べて。
踏んづけちまうぞ」

「踏まないように気をつけて下さい
あなたも自分の武具を踏まれたくはないでしょう

と言うか、勝手に触らないでいただけますか」

ぐ、と眉間に皺を寄せながら健太郎が言う。
幾分鋭くなった緋色の瞳の向く先にいる智明は、気にした様子もなく手にとった矢をしげしげと眺めていた。

「へー、こうやって見ると綺麗なもんだな。
羽のとことか、さわり心地最っ高!」

「人の話聞いてますか?
羽の部分が乱れると思うように飛ばなくなるので触らないでください」

「やべー、何だこれ!俺これ好きかも!」

「だから触んなっつってんだろ!」

話を全く聞かずに矢の羽部分に頬擦りしていた智明の手から矢を奪う。
その瞬間鏃が智明の手を傷付け、赤い血が廊下に散った。

「っ、」

「あ…
す、すみま…

って自業自得でしょう、私は触らないでくださいと言いました」

「……お前なぁ」

ふん、と鼻を鳴らして鏃についた血を拭う健太郎に、智明は苦笑する。
5ヶ月年下の健太郎は、なぜか俺にだけ丁寧な口調を崩す。
それが良いことなのか悪いことなのか、智明にはいまいちわからなかった。

「イツ花に治療してもらっては如何ですか」

「いい、こんくらいなめてりゃ治る。

なぁ、なんで家族にも敬語なんだ」

「…私の勝手でしょう、あなたに何か関係ありますか」

拭った鏃を太陽の光に当てる健太郎を見ながら、智明は廊下に寝転がる。
射し込む日の光は柔らかで、暖かかった。

「そりゃ関係あるだろ、家族なんだから。
まぁ俺はまだいいよ、怒ったら敬語なくなるし

でも、お前紗也佳姉さんには怒っても敬語のままだろ」

羽の部分を整えていた手を止めることなく、視線を合わせることもなく、健太郎は頷いた。

「そうですね。
私はいつだって落ち着いていられる大人になりたいので、あとはあなたが絡んでこなければ何とかなります」

「…落ち着いた大人ねぇ。
俺みたいな?」

「寝惚けてるんですか?」

整え終えたらしい矢をまとめる健太郎の言葉にごろりと寝返りをうつ。

「寝てないっつーの」

「そうですか」

一言それだけいって通りすぎようとした健太郎の足を掴む。

「何ですか」

「お前、もうちょいこう…会話しようぜ。
人間関係は会話から始まるんだからよ」

「あなたと会話しても何も得られませんので。
と言うか、討伐の準備は終わったんですか?
あと足離してください」

健太郎はぐ、と足に力を入れるが、残念ながら5ヶ月年上の剣士の握力には勝てなかった。

「馬ー鹿、俺の方が5ヶ月も年上なんだから学ぶべきとこなんか山のようにあるだろ!
元服だって済ませた大人の男だぜ?」

「そういうことはちゃんと人の話を聞いてから言ってください。
手、早く離してくれませんか」

苛々した様子で言う健太郎を見上げる若草色の瞳が、悪戯っ子のように細められる。

「おりゃ」

「いっ?!」

軽く足を引っ張れば、そのままバランスを崩して倒れた。
抱えていた矢が散らばって、長く伸ばされた健太郎の髪も廊下に広がる。

「ぷ、あはははは!!
お前もうちょっと鍛えた方がいいんじゃないか?」

「〜っ、貴様…!」

ガバッと立ち上がった健太郎の額は赤くなっていて、智明の笑い声がさらに大きくなった。

「笑うな!」

「あはははは!!
いや、もう笑うしかないだろうこれは!」


笑い声が屋敷に響く。
それに誘われたように、薄茶色の髪を揺らして二人の女性が現れた。

「智明、うるさいわよー。
あんたの声は響くんだから、少しは抑えなさいよ」

「あら、健太郎くん、額が赤くなってるわ?」

「あらほんと。
だから智明があんなに笑ってたのね」

心配そうに覗き込んでくるひなたと違い、健太郎の母である紗也佳は吹き出したあともニヤニヤしている。
その様子に健太郎はため息をついて、散らばった矢を集め始めた。

「大したことではありません、痛くもないですから。」

「冷やさなくて大丈夫?
手拭い、濡らしてきた方がいいかしら…」

考えるように呟いたひなたの隣で、紗也佳が首を振る。

「いいわよ、そんなの。
男の子なんだから、多少の怪我は勲章ってやつだし…
それに、痛いなら自分で治療くらい出来るわよね?」

「もちろんです。
お気遣いありがとうございます、ひなたさん。」

真面目な顔で頭を下げた健太郎に、ひなたは苦笑してしまった。

「どういたしまして。
…でも、家族なんだからそんなに畏まらなくてもいいのよ?」

「何言ったって変わんないわよー、あたしが言っても智明が言っても変わらないんだもの。
ほーんと、誰に似たんだか」

肩を竦めた紗也佳に、智明が視線を向ける。
健太郎が矢を集め終えてその場から去ろうとしたのが視界の端に見えて、今度は足を伸ばした。

「う、わぁ?!」

「そりゃ紗也佳姉さんだろ?
イツ花と父さんに昔聞いたことあるぜ、頑固だって」

「貴様、まず俺に言わねばならん言葉があるだろうが!」

ガバッと起き上がって怒鳴る健太郎を全く気にせず、紗也佳が智明に言葉を返す。

「あら、そんなこと言ってたの?
嫌ねー、別にあたし頑固なんかじゃないわよ、好きなようにやってるだけじゃない」

ねぇ、とニヤニヤしたまま問い掛けてくる紗也佳の様子に、ひなたもつられるように笑ってしまった。

「ふふっ…
一護兄様からしたら、それが頑固に見えたんじゃないでしょうか?」

「そうそう、本人は気付かないもんなんだって、多分!」

「っ、無視をするな無視を!!」

緋色の瞳を鋭く細めてもう一度怒鳴った健太郎に、智明ではなく紗也佳が答える。

「あら、なーに?
寂しいならお母様が構ってあげましょうか?」

「……結構です。
私は母上に怒っているのではなく、足を掛けておいて謝罪も弁解もしない礼儀知らずに怒っているんですから」

ニヤニヤした笑顔で紗也佳が言えば、健太郎はため息をついて返す。
それを見て、今度は紗也佳がため息をついた。

「あーあ、ほんと弄り甲斐のない息子だわー。
そうだ、健太郎、あんた今月の討伐隊から外されたわよ?」

「はぁ…
母上、そんな分かりやすい嘘、私が信じると思いましたか?」

「え?嘘?」
「あれ?嘘なんですか?」

さらっと返した健太郎の言葉に、智明とひなたが目を瞬かせる。
その様子を見て紗也佳が耐えきれなくなったように吹き出した

「あははは!
嫌ね、嘘に決まってるじゃない!

健太郎を騙すつもりだったけど、これはこれで有りね!」

「もう、姉様ったら」

つられるようにクスクス笑うひなたを横目に、智明が健太郎に問い掛ける。

「なー、何ですぐ嘘ってわかったんだ?」

「…あなた馬鹿ですか

討伐隊の決定権があるのは当主でしょう。」

呆れたように言った健太郎の言葉に、結構な間を開けてから智明が飛び起きた。

「俺当主だ!」

「今さらですね」

「そっかそっか、そういうことか!

紗也佳姉さん、討伐隊変えるなら俺に言ってもらわないと!」


「智明くん…」

「ほんと、騙し甲斐がある子だわー」

苦笑するひなたの隣で紗也佳がニヤニヤ笑う。
え?と首を傾げた智明に、もう一度健太郎がため息をついた。


(どうしてこんな人が当主なんだか……)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ