俺屍部屋

□岐路に立つ
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「元服おめでとー、とーしゅさまぁ?」

「たくと。
…せめてイツ花の祝詞が終わってからになさいよ」

元服の儀が始まる前、少し出来た空白の時間に右側にいたたくと兄上がニヤリと笑って言ってきた。
冗談めいた言い方とは言え、当主様だなんて呼ばれたのは6ヶ月で当主になってから初めてで、反応出来なかった。(先に望姉上がたしなめてくださって良かった)

「へいへい。
…あーあ、こういう堅苦しいのは嫌いなんだ。
いっつもいっつも同じ形式、同じ祝詞だしよ。」

「そうなの?
おれ、たく兄のときの、あんま覚えてないからよくわかんない」

2ヶ月年下の弟、朝日丸がたくと兄上の隣で首を傾げた。
その言葉遣いを聞いて思わず口を挟む。

「朝日丸、年長の方と話すときは敬語を使えと言っただろう?」

「う、…だってお兄、敬語ってめんどいよ。
おれすぐ噛むのに、敬語なんて使ったら話せなくなる」

しゅーん、とわかりやすく落ち込んだ朝日丸の姿に良心がちくちく痛んだ。

「いいって、別に。
大体前から言ってんだろ、お前らは代々当主を継いでる血筋なんだから俺に敬意なんぞ払わなくていいんだって」

「でも、たくと兄上も望姉上も私なんかよりずっと凄い方たちです。
経験だってずっとずっと多い」

たくと兄上は俺がもっと小さなときからずっと同じことを言う。
俺なんかに敬意を払わなくていい、兄貴らしいこともしてない、だから敬語をやめろ、兄上なんて呼ぶな、と。

「経験なんてものは誰でも等しく得られるもんだろうが。
けど、血筋だ親だってのは誰でも同じように努力で得られるもんじゃねぇ」

そんくらいわかるだろお前なら、と続けられてグッと押し黙る。
わからないわけではない、父上の部屋にあった家系図を遡れば、俺の真っ直ぐ上に名前のある方々は皆歴代の当主様だった。

「やめなさい、言ってもどうにもならないでしょう。
朝日丸が敬語を使えないのも、志貴の私たちに対する話し方が変わらないのも、昔からじゃない」

もやもやした空気を切り裂くように、あっさりと望姉上が言い切る。

「そうです、が…でも、」

「敬語じゃなくたって、朝日丸はあんたのように私を姉と呼んでたくとを兄と呼ぶ。
それでいいでしょう」

他に何か文句があるなら言ってみなさい、とでもいうように細められた望姉上の視線が刺さる。
俺は…残念ながら、望姉上に勝てたことはなかった。

「はい…」

「すっげーお姉、お兄に勝っちゃった」

力なくうなだれた俺を見て、朝日丸が言う。
…出来ればこんな情けない姿は朝日丸に見せたくなかった、と思っていると、自分の視界に小さな手が現れる。

褐色のそれは、1ヶ月になったばかりの望姉上の息子の手だった。

「とうしゅさま、ないてる?」

冬なのに暖かいその手と、暖かい言葉に思わず頬が緩む。
どこかボーッとしたところはあるが、それでもやはり望姉上の息子は優しい。

「大丈夫だ、陣。
ありがとう」

そっと頭を撫でる。
望姉上と同じ真っ赤な髪は少し硬くて、朝日丸の髪質に似ているかもしれない。


 「…陣は、志貴になついてるわね」

 「羨ましいんなら、お前も頭のひとつくらい撫でてやれよ」

 「ひとつくらい…?頭は、ひとつしかないよ?」

「…朝日丸、たくと兄上が言ってるのは例えというか、言葉のあやだ」

「えぇと…すみません、もう元服の儀、始めちゃいますよォ?」


そーっと言われた言葉に慌てて謝って、きちんと座り直す。
元服の儀があるときや交神の儀があるときのイツ花は、普段とは違う衣装で凄く凄く綺麗だ。
…いつまで経っても慣れないな、もう何度も見ているのに…それでもやはり、目が離せなかった。
 
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