俺屍部屋

□本当は、
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イツ花がニコニコしながら腕の中にいた白い布の塊を渡してくる。

知っている、これは子どもで、私と風馬慎兵という神の血を引いているのだ。


白い塊は思ったより重かったけれど、落とすこともなくしっかりと抱きかかえる。
じっと腕の中の小さな子どもを見つめていると、視線を感じた。

「…イツ花も、兄様も。
何か言いたいことがあるなら聞くわよ?」

「えっ?!
いやあ、そのォ…」

無意味にパタパタと手を動かしたあと、イツ花は困ったように兄様に視線を向ける。
兄様もイツ花に向き合ったあと、少ししてから私の方を向いてこう言った。

「自分の子どもが来るというのはもう少し…こう、感動したり、嬉しいものじゃないんだろうか?」

「あら、だって実感が湧かないんだから仕方ないでしょ?
頭ではわかってるんだけど…この子、私に全然似てないし
見て、髪も瞳も私より兄様にそっくり。肌の色も、私と言うよりひなた似じゃない?」

本当に私の子ども?なんて言いそうになったけど、それはやめておいた。
というか、言えなかった。


兄様が、ひどく複雑な表情をしたから。


「…兄様?」

「紗也佳、いいかい。
この子は見た目は紗也佳に似てないかもしれない。
もしかしたら、性格だって私と智明のように全然似てないかもしれない。」

「なんだ、智明と似てない自覚はあったのね」

思わずポツリと呟いた私の言葉なんて聞こえないみたいに、兄様は複雑な表情のまま言葉を連ねる。

「でも、それでもその子は紗也佳の子どもなんだ。
いいかい、君は母親になったんだ。
その事をちゃんと理解しなさい」

いいね、と続く念押しの言葉に頷いた。


私はあまり母様と長い時間を共にしなかった。
それは私の弟である柊や妹のひなたにも言えることだけど、やはり私と同じように寂しかったんだろうな、と思う。

兄様は母様の代わりに私と居てくれたから、寂しがっているのを知っていたんだろう。

これはただの想像でしかないけど…
だからこそ、兄様は親子という関係についてこんなに五月蝿く言ってくるんじゃないかな、なんて思うのだ。

母様が嫌いなわけではないし、あの頃は忙しかったこともわかってるから、責める気にはならないけど。
でも、私のような想いはさせたくないな、とぼんやり考えた。


「名前、どうしようかしら。
あぁ、11月に来た子だから霜月とかどうかしら、簡単でいいわね」

ふふ、と笑いながら言えば、イツ花がまた困ったように進言してくる。

「…あのォ、恐れながらお子様の名前は葎様のお決めになった通り、同じく漢字の三文字を名にしなければなりません」

「……面倒な規則ねぇ。
他にもたくさんあるそうじゃない、兄様いくつか消しておいてよ」

母様が生前たくさんの書き物をしていたのは知っていたが、そんな規則があったなんて。
…そういえば、一兄様と同じ火神の子である柊も漢字一文字よね

「…紗也佳、母上もお考えがあってのこと。
私はそのお考えに沿って当主になることを決めたのだから、そういうことは」

「はいはい、わかってるわよ。
言ってみただけじゃない、冗談よ冗談。」

もしかして火神の子は一文字、風神の子は三文字、なんて風に決まってるのかしら、と考えを巡らせていると、兄様がお得意の説教を始めたので途中でぶったぎってやる。
やーね、智明が来てからさらにお小言が増えたみたい…って私子ども扱い?

「冗談なら、まぁ…いいんだが…
それより、子が来訪するのはわかってたことだろう、ひとつも候補はないのか?」

「ないわ。
そんなことより、どう柊を嵌めるかの方に時間と思考を費やしちゃった。」

肩を竦めながら言えば、兄様は大きくため息をつく。
私は意識してニッコリと兄様に笑いかけた。

「…では、紗也佳の字か風馬様の字を使ってみてはどうだろう?」

「んー……そうね。
じゃあ健太郎なんてどうかしら、健康の健に太郎次郎の太郎。」

「あぁ、良い名だな。
…私の提案はまるっきり無視されたようだが」

全然そうね、ではないぞ、と少し落ち込んだ風に言う兄様の姿を見て小さく笑う。
笑っているのがバレないように、腕の中にいる子ども―健太郎をあやす振りをすれば、健太郎も私につられるようにニコニコと微笑んだ。

「その子も気に入ったようだな。
そういえば、職業はどうする?
歩けるようになれば訓練を始めなくてはならないが、決まっていないのなら今しばらくの猶予はある」

だからゆっくり考えても構わないよ、そう続いたのではないか、と思われる兄様の言葉を遮る。

「弓使いよ。
この子は弓使い。私のあとを継がせるの、奥義は全て漢字三文字で埋め尽くしてあげるわ」

未だ目にしたことのない奥義、イツ花の話によれば朱点を倒す一歩前だった母様の父様、つまりじい様は奥義という必殺の技を持っていたらしい。
そして、奥義を編み出したものにはその名が付けられるのだと。

私一代では成せないかもしれない、でも健太郎が居る。
じゃあこの子が奥義を編み出して、同じようにずっとずっとそれが繰り返されれば…いつかきっと、弓の奥義には全て漢字三文字がついて回るのだろう。

私が生き続けることはきっと出来ない。
けれど、代わりに何かを残していけたらいいな、と思ってハタと気付いた。


―そっか、母様も何かを残したかったのね。


そのひとつが私達兄妹であり、名前であり、面倒なたくさんの規則なのだろう。

ふふ、母様ったら意外とズルいのね。
初代様だったからかもしれないけど、残し放題じゃない


「母様って、やっぱり私達の母様なのねぇ」

家族を想いすぎるほどに想っているのも、時々頭を抱えたいほど真面目すぎるのも。
そして、穏やかに微笑むのも、たくさんのものを残したのも。

全部全部、私達と同じだ

「それはそうだろう。
私達は皆、母上の子なのだから」

「そうね、…そうよね。
私達をぎゅーっと固めたら母様になったりして」

ふふ、と笑えば、兄様が後退りしたのが見える。

「言っておくけど、出来てもしないわよ?
柊なんかとくっつけたら、可愛い可愛いひなたまで笑わなくなっちゃうわ。」

そんなのつまらないでしょ、と続ければ、兄様は安心したように息を吐いてからクッと顔を引き締めた。

兄様は人を叱るときに気合いを入れ直す癖がある。
ちなみにそれを知っているのは私だけよ、と柊に自慢すれば、それだけ叱られているのは姉さんくらいだ、と返されたのは記憶に新しい。

「それじゃ、イツ花。
私はちょっと逃げてるから、その間だけ健太郎をお願いね。
あぁ、兄様が怒り疲れたら探しに来てちょうだい」

「えっ、あの、さ、紗也佳様ァ?!」

「待ちなさい、紗也佳!」


後ろから聞こえる二人分の声、ほとんどは私の名前。
母様が付けてくれた名前で呼ばれるのが、本当はとても好きだったりする。

まぁ、兄様のお説教は長いから嫌いだけどね。
 

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