俺屍部屋

□ある朝の風景
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まだ日が昇ったばかりの朝早い時間、その屋敷のとある一角に人がいた。

白い肌に水色の瞳、そして淡い茶色の髪を首元でひとつにまとめているその少女―紗也佳は、とある部屋の前に水をたっぷり含んだ雑巾を置いてニヤリと笑う。

「寝起きなら引っ掛かるわよね、楽しみだわ」

ふふ、と堪えきれないように出た笑い声が静かな朝の屋敷に響いた。

カタリと部屋の中から物音がして、紗也佳は足音をたてないように忍び足で角を曲がる。
そしてそっと顔を覗かせると、ちょうど部屋から少年が出てくるところだった。

浅黒い肌に真っ赤な瞳、鮮やかな水色の髪を高い位置で結い上げたその少年は、紗也佳の父違いの弟―柊だ

よし、そのままべしゃっと踏みつけるのよ!

期待を込めて見つめる紗也佳の視線の先で、柊はあっさり雑巾を飛び越えた。

「あぁ、もうっ!何で踏まないのよ!」

思わず飛び出た言葉に、柊が真っ直ぐ紗也佳を見る。
真っ赤な瞳は不思議な冷たさを持っていて、紗也佳はいつもつまらなさそうなその瞳が嫌いだった。

「…イツ花と当主様に叱られるぞ」

不機嫌そうに歪められた眉間に気付いていないのか気にしていないのか、感情の起伏があまり感じられない声で柊が言う。

「ふん、叱られるのが怖くて悪戯なんてできないわ!
…あぁ、仕掛けたのはそれだけとは限らないわよ?」

ニヤリと紗也佳が笑って言ったが、柊は全く気にした様子もなく廊下を濡らしていた雑巾を手にとった。

「寝る前は何もなかったし、姉さんがここに来てから俺が出てくるまで、複数悪戯を仕掛ける時間はなかった」

ポタポタ水が垂れるのを気にせず自分の方に向かってくる柊を見て、紗也佳は小さく舌打ちをする

ほんっとうに面白くない!

イライラするのを隠しもせず、紗也佳は乱暴な手付きで柊から雑巾を奪った。
パッと水が飛び散って、襖や廊下に斑点が出来る

紗也佳が柊を睨み付けても、柊は変わらず感情の見えない瞳で見つめ返すだけだった。

少ししてからふい、と紗也佳が背を向けて歩き出そうとすると、目の前に人がいた。

柊と同じ浅黒い肌に真っ赤な瞳、唯一違う深緑の髪には少し寝癖がついていたが、にこりと微笑むその顔に眠そうな雰囲気は欠片もない。
天海家二代目当主、一護がそこに立っていた。

「おはよう、紗也佳、柊」

「おはようございます、当主様」

何もなかったかのように挨拶を返した柊と違って、紗也佳は顔がひきつる。

「お、おはよう、兄様
早起きなのね、寝癖がついたままよ?あ、私イツ花の手伝いをしてこようかしら!」

逃げるように横を通りすぎようとした紗也佳の腕を一護が掴んだ。
衝撃でまた雑巾から水が散る

「紗也佳、朝ごはんは全部綺麗にしてからだ
朝ごはんの後は話があるから居間に残ってなさい」

いいね、と続けた一護に、紗也佳はわかりやすく肩を落とした。

「わかったわよ…
ただし、私が大人しくお説教されるとは限らないからね!」

ビシィ、と真っ直ぐ突きつけられた指を見て一護は苦笑する。
元気なのはいいことだが、元服も終えた女性としてはどうなんだろうと思ってしまう。

「…姉さん、大人しくしてないともっと叱られるぞ」

「うるさいわねっ、言うだけならタダなのよ!少しでもビビってくれたら面白いのに!」

柊の忠告に紗也佳が怒ったとき、イツ花がそーっと顔を覗かせた。

「あのォ、皆さん、ひなた様と智明様がお待ちですよ」

恐る恐るかけられた声に一護が振り返る。

「あぁ、すまないね。すぐ向かうよ
行こうか、柊」

「はい」

一護の言葉に柊は歩き出すが、紗也佳はむすーっと不機嫌を隠そうともせず二人を睨んでいた。
イツ花が首を傾げて声をかける

「紗也佳様?どうなさったんですか?」

「イツ花、姉さんは片付けをしてから食べるらしい」

しかし、答えたのは紗也佳ではなく柊で。
イツ花は二人を見比べたあとに紗也佳が持っている雑巾と柊の部屋の前にある水に気付いて苦笑した

「紗也佳様ー、悪戯も程々にしないと…
元服なさって、そろそろ時期的には交神なさってもおかしくないんですから」

「何言ってるの、イツ花。
元服して大人になっても、交神して親になっても。
私は悪戯をやめたりしないわよ?」

当たり前のように言い切った紗也佳に、イツ花と一護は目を瞬かせる。
それを見て首を傾げると、紗也佳は話し始めた

「だってそうでしょ?
何で変わらなきゃいけないの?私は私のやりたいことをしてるのに」

「…なるほど。
じゃあせめて後片付けはきちんとしてくれよ」

「わかってるわよ…後片付けはちゃんとやりますー。
あ、引っ掛かったらその人が片付けるっていうのはどうかしら?」

仕方ないな、という風に小さくため息をつきながらの一護の言葉に紗也佳が提案する。

「そうだな、それでいいだろう。
今回は紗也佳が片付けるんだね?」

頷いた一護に、紗也佳はまた不機嫌になった。

「そうね、柊は引っ掛からなかったもの。
次こそ絶対驚かせてやるんだから、覚悟してなさいよ!」

「…姉さん、片付け手伝おうか?」

突然の柊の提案に、紗也佳は顔を思いっきり背ける。
柊は無表情のまま紗也佳の言葉を聞いていた。

「結構で・す!
柊が引っ掛かっても私は絶対手伝わないからそのつもりでいなさい!

ほら、兄様もイツ花も柊連れていってよ、片付けの邪魔だから!」

ぐいぐい柊の背中を押す紗也佳にまた苦笑をこぼすと、イツ花と一護は静かにその場から離れる。
柊もそのあとを追って紗也佳から離れた。



「紗也佳様、本当に変わりませんね」

イツ花が呟いた一言に、一護が柔らかな笑顔で微笑む。

「そうだな、あの頃のままだ。

柊」

「はい」

名を呼ばれて短く返事をする柊に、一護は複雑な表情をする。
時たま見るその表情は、一護だけでなく、柊の一ヶ月年下の妹、ひなたもよくする表情だった。

「紗也佳はあの通り悪戯好きな性格で、これからも直すつもりはないらしい。
ただ、柊のことを嫌っているわけではないと思うから…まぁ仲良くやってくれ」

「嫌われては、いると思いますよ」

柊がふと一護から視線をそらして呟く。
しかしそれは届かなかったようで、一護は目を瞬かせて聞き返した。

「ん?悪い、何か言ったのか?」

「…いいえ、大したことは。
わかりました、出来る限りのことはします」

目を閉じて言う柊に一護は首を傾げつつ、居間の襖を開いた。



(当主様はきっと知らない。姉さんが俺を睨むとき、たまに涙が滲むほど力を籠めていることを)


(柊は気付いているのだろうか?紗也佳はただ笑ってほしいだけだと言うことに)

 

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