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□それを世界は
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 武器
 
それに血 

 死  

そして  嘆き





それが彼を取り巻いていた世界のすべて。
それ以外を知らず、知る必要もなかった。
戦場を駆けるのに感情などいらなかった。
そんな彼の世界に突然入り込んできたのは、わけのわからない暖かな感情だった。
その感情の名を、彼はまだ知らない。


__





「…わけがわからない」


誰もいない廊下で一人、エルエルフはつぶやいた。
そのつぶやきを聞くものは一人もなく、声は静かな廊下に消えていった。
エルエルフはこのところ、わけのわからない感覚に悩まされていた。
計算し尽くされた先読みで、イレギュラーなんて己のなかに存在しないはずだった。
それなのに…ここ最近はイレギュラーだらけだ。
そしてそのイレギュラーには決まって時縞ハルトが関わっている。

ハルトと話しているときに浮上する機嫌。
ハルトとショーコが話しているときに感じる憤り。
自分を呼ぶ声にふわふわとした心持になる。

他にも考え出したらきりがない。
こんな感覚に陥ったことが無いため、これが何なのか、よくわからない。


「おい、大丈夫か? 珍しいな、考え事か?」

エルエルフがずっとなにかしらを考え込んでいる姿が珍しく、貴生川が心底意外そうに話しかけた。

「いや、考え事というより…わけがわからなくて…」

「なんでもわかるお前がか? ウソだろ?」

本当に意外だという顔である。少しむっとした顔で言い返す。


「そんな顔をするな。俺が一番そう思っている」


この男が答えを出せない問題とは、いったいどのようなものだろうか。
それが気になり、まあ自分にもわからないだろうと思いつつも、何を悩んでいるのか尋ねてみた。
軽い気持ちだったが、答えを聞いた貴生川の口はポカーンと開けられていて、タバコが落ちた。どうした、と更に眉間にしわを寄せる少年を改めてまじまじと見た。

「え、ちょ、ちょっと待て。要するに、時縞が絡むとなぜか感情が動く、とそういうことか?」

「ああ。あいつといるとなぜかフワリとするし、指波と話しているともやもやする。これはいったい何なのだ?」


どうやら聞き間違いではなかったようだ。
聞けば聞くほど混乱してくる。こんなにもわかりやすい反応をしているというのに、当の本人はどうしてこうも鈍感なのだろう。
これはなるほど、前に他の生徒たちがエルエルフは鈍感だと言っていたことに合点がいく。

ああ、とりあえず答えを欲しがっているようだから差し上げることにしよう。


「そりゃお前…恋、だろ…」


そう言われたエルエルフの顔を、貴生川は一生忘れないだろう。
そして、「今世紀最大の間抜け面だった」と後に語ったという。




end




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