内実コンブリオ
□第2章*咲宮side 中編
2ページ/5ページ
地獄がまたはじまった。
教室では、女子生徒たちのキャイキャイと甲高い声で夏休みの思い出話と、男子生徒たちがじゃれあいながら騒ぐ声が響く。
そのうるさいこと。
自分はうんざりした。
また、今日も教室に消しゴムが飛び交う。
ちぎった消しゴムを授業中にちみちみと投げつけて、クスクスと笑ってくる。
実にくだらない。
自分なら、先生の見ている目の前で消しゴムまるごと投げつけて、鼻の骨でも折ってやるところだわ。
だって、もとある形をちぎるなんて消しゴムがかわいそうじゃない。
なんだかもとある存在を否定されている様で。
もっと豪快に堂々と生きていたい。
まぁ、小心者の自分には出来るわけないけど。
みんな群がる才能は持ってるくせに、変なところで小さいのよ。
始業式から何日か過ぎて、もう普通の授業に入っているって頃。
いつもの通りよ。
階段を歩けば、背中を押されて。
廊下を歩けば、道をあけられて。
どいつもこいつも指をさして笑う。
教室で先生に呼ばれてプリントを受け取りにいこうと前に向かって歩いていけば、日替わりの人物が足をかけてくる。
もうどれもこれも自分にとっては日常になっていた。
体と頭が慣れてしまっていた。
ああ、これが自分の当たり前か。
絶望にも似たものに視界を塞がれ、何となく3限目が終わっていたことに気付く。
さてと、いつもの本をひろげるか。
あー、お腹すいた。
そういえば、言ったか言っていないか忘れてしまったけど、実は自分、本をひろげているだけで読んではいないのです!
じゃあ何をやっているのかって?
周りの人間たちを見ている。
いわゆる人間観察ってやつね。
なかなか面白いわ。
うちのクラスは上手いこと個性的な人たちが集まっているんだもの。
せめて、もっと別のことをやれって言われても、話す相手なんてこの学校、空間にはいないし。
寝たりしたらいたずらされるに決まってるし。
観察するのが一番退屈しのぎになる。
今日も話せない分、いっぱい見よう。
倉田さんは今日も髪型がオシャレ。
さらさらのストレートに編みこみの入ったお嬢様しばり。
きっと毎朝時間をかけて、誰かのために頑張っているのかな。
「ぶえっくしょぉいっ」
小坂くんは、一昨日くらいから風邪を引いたのか、くしゃみをしている。
ここでいらない豆知識。
小坂くんの鼻水は、360度に飛び散る。
中村さんは歴史好きだから、今日は関ヶ原の戦いについて語ってる。
聞いてる子たちの反応は…
あまり興味がなさそう。
とか、うちのクラスは全員で、35人いるらしいからみんなの事は教えられませんが、こんな感じです。
いつもこんな感じで観察してる。
本を読んでいるフリをしながら。
なんて楽しんでいると、あの人がトイレからか戻ってきた。
あの人っていうのは、栗山くんのことだ。
夏休み中部活を頑張っていたからか、顔が真っ黒になっている。
そして、夏休み前と変わったことがもう一つ。
水川たちと一緒にいない。
かわりに、多分田中秋斗という人物と夏が明けてから、ずっと一緒にいる。
どうしてだろう。
あんなに仲が良かったのに。
何かあったのだろうか。
栗山くんが自分の席に戻ろうとこちらに近づいてきた時、たまたま栗山くんの太股辺りがぶつかり、自分の机が揺れた。
その拍子に消しゴムがころりん。
すると栗山くんは、素早く消しゴムを拾い上げた。
さすが野球部というところか。
「ごめんな!」
林檎の様に必死な顔をしている。
「あ…ありがとうござい、ます」
思わず自分まで顔が赤くなる。そして、急ぐ様に自分の後ろへ座る。
やっぱり嫌われているのかな。
でも、今学期はじめてしゃべることができた。
なぜ自分はこんなことを考えているのか。
なぜ気持ちがこんなにふわふわしているのか、不思議な気分だった。
後ろで席についた栗山くんと田中秋斗って人の会話が、聞く気は無かったけど耳に入った。
「栗山さー、あんなんのわざわざ拾うことなくね?呪いつくぜ」
「お前っ、あれは完全に俺が落としたんだ。拾って当然だろ。つか、呪いとかねーし。失礼なこと言うんじゃねーよ」
お二人さん、会話が丸聞こえですよ。
でも、やっぱり栗山くんっていい人だ。
他の男子とは大違いだと思う。
「それに…こ、好感度上げてぇじゃん?」
「あ?んでだよ」
「す…かわいいじゃん」
「…あー、なるほどな」
「何がなるほどだよ。なんか腹立つな!」
栗山くーん。小さく話してるけど、全ては丸聞こえです。
しかもわかりやすい。
てか、気持ち悪っ。
なんて悪質な嫌がらせ。
恥ずかしくて、たまらない。
あー、お腹すいた。
早く昼休みになんないかな。
って、言ってもどうせ弁当は食べれなくなってるけど。
4限目も終わって、お弁当の時間。
弁当を開けば、砂のふりかけがかかっている。
なんて典型的。
自分、1限目と2限目の間の休み時間にトイレに動いただけなのに。
ある意味神業だ。
しょうがない。
晩ごはんまで我慢しよう。