内実コンブリオ
□第2章*咲宮side 前編
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今日は雨が降っている。
これはきっと誰かの涙。
…でも、自分のではない。決してない。
だって、自分からは感情の水なんてもう出ない。
過去に流れ出たとすれば、小学2年生の時。
算数の宿題として出た砂時計の問題が解らなくて、やけになってそのプリントに鉛筆で穴をあけたら、お父さんにこっぴどく叱られた時だろうか。
あれがきっと最後だと思う。
それにしても、すごい降りだ。
今日の雨は、格が違う。
降りがあまりにも素晴らしくて、前が見えない程。
どうしよう、これ帰れるかな。
そんな事を考えていると、自分が何より苦手とする連中の声が聞こえてきた。
野球部だ。
何故かはわからないけれど、四六時中付きまとってくる。
自分なんかに世話やくなんて、よっぽど面白い事がないのね。
なんて可哀相な人たち。
でも言わない。言えないし。恐いから。
いつもきまって自分の前に立ちはだかる、今も。
とっととカッパに着替えて帰ろう。
こんな所に1秒でも居たくない。
「咲宮さんっ!」
ほらまた。
自分はいつもの様にだんまりを決め込む。
「付き合ってくださいっ!」
本当にうっとうしい。
いい加減にしてほしいもんだわ。
…でも、何かいつもと様子が違う。
ばれない様にチラッと目だけを動かして、周りの風景を見てみれば、珍しく先頭には栗山くんがいる。
今日は水川じゃなかったんだ。
栗山くんも同じ野球部の連中には変わりないのに、身体がいつもとは違う感情で熱くなってくる。
何でかは、わからないけど。
どっちにしろ、さっきからこの人は一体何を言っているんだろう。
いつものからかいには変わりないのに、自分は意味を探っていた。
「…っす」
最後に何かを言ったのが聞こえたけれど、いつもの栗山くんとは想像もつかないくらい小さな声は、自分には届かずにその場に落ちていった。
「いやっはー!今日から夏休みーっ!!」
「でも、部活は8月までありますよ、先輩」
「部活はいいの!楽しいから!」
「それは言えてますね!」
「明後日からは、写生大会でしょ。半ばには、美術館鑑賞…」
「盛りだくさんっ!むっちゃ楽しみです!!」
「華ちゃんはかわいいなぁ!部活でいっぱい遊ぼうな!!」
この会話から何となくわかってしまうかもしれないけれど、自分、咲宮 華は、美術部に所属している。
うちの美術部は、3年生8人、2年生5人、1年生1人の計14人で活動している。
ちなみにこの1年生1人は、もちろん自分のことだ。
小学校時代の同級生たちは、みんなほとんど吹奏楽部へ行ってしまった。
うちの吹奏楽は毎回、県代表になってしまう様な強豪校。
何かと競うことが苦手な自分は、ただ一人美術部に入部した。
絵を描くことが好きだったという理由もあるが、とにかく、そうゆう感じで今、ここにいる。
ここの先輩方は、皆さんフレンドリーで、教室に居場所のない自分にとっては、1日の疲れを癒してくれる最高の空間。
「明後日の写生大会のことなんだけどさ、花子漁港までの道わかる?」
「あ、すいません。わかりません」
「じゃあ、一緒に行こうか!」
「わーいっ!ありがとうございます!お願いしますっ!!」
皆さん、気になっているところだとは思いますが、部活と教室じゃ、全く性格が違うでしょう?
こっちが素なんです。
二重人格かって?
違うんです。
そんなつもりは全く無いんです。
教室に入ると、体が勝手にあんな感じになってしまうんです。
なんでだろう。
自分でもよくわかりません。
とにかくわかることは…部活は楽しいっ!
それだけです。
さぁ、待ちに待った楽しい夏休みがはじまります!!
夏休みはじめての部活行事、写生大会。
あぁ、深緑の海、青い空、広い浜に豪快な漁船たち。
いいわね。まさに漁港って感じ。
しかし、何より先輩方の絵は素晴らしい!
まるで一枚の写真の様。
でも、それだけじゃなく、水彩独特の温かさがある。
この絵たちに比べてしまうと、自分の絵なんて、ただの落書き…。
でも、先生はおっしゃってくださった。
『絵に上手い、下手は無い。その人の感性であるから』
うん、名言だわ。素敵!
先生の言葉を胸に自分も頑張ります!
「華ちゃんは、何を描いとんの?」
「ひぃっ…!」
気を入れ直した時だった。
「そんな驚かんといてよ。傷つくわー」
「すいません。だって…」
後ろから自分の絵を覗き込んできたのは、涼先輩。
涼先輩は、自分より1つ上で、小学校から同じ。
昔から絵も上手で、よく描いてもらったりしていた。
実は昔、密かに好きだった人なのよね。
「だって…何なん?」
少し口角を上げぎみに、意地悪そうな顔でさらに迫ってくる。
「だ、だって…、こんな恥ずかしい絵、見られるの嫌です…」
「なんで嫌なん?」
「は、恥ずかしいからです…」
「どう恥ずかしいの?」
「ど、どうって…」
「はぁーいっ!華ちゃん、いじめるなっ、涼っ!!」
「いじめてませんよ。ふっつーーーうに会話してただけですよ。
な、華ちゃん?」
「う…はい…」
涼先輩のさらに一つ上の女の先輩が、仲裁に入る。
別に争っているわけではないのだが、恥ずかしさのあまりよほど自分が怯えている様に見えたらしい。
「涼、あんたは作品仕上がったんかいな!」
「すいません。まだですけど」
「えらっそうに!はよ仕上げぇ?!もうちょいしたら先生、アイス持って来るで!」
「あ、アイス!そうでしたね。持ち場戻ろ」
「そやで!真剣にせな、先生、アイスくれやんかもしれやんで!」
「はいはーい。すいませーん。アイス、アイスー」
アイス、アイスと何度も連呼して去っていく涼先輩に自分は、見とれていた。
やっぱりかっこいいなぁ…。
私の中でやはり好きという名残は消えていないみたい。