お茶にしましょうか
□Scene 12
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しかし、深海魚の君は、立ち止まろうとはしなかった。
いつもであれば、上品に微笑み、駆け寄って来くれるというのに。
少しだが、淋しい想いがした。
本当に、少しだけだ。
そして、少し気になったことがあった。
あれ程にも熱心にしていた部活動の方は、一体どうしたのだろうか。
幼い頃から続けている吹奏楽だったはずだ。
幼い頃から共にしている楽器を相棒、愛人とまで呼んで。
いつもなら、彼女を見かけると、俺は挙動不審になってしまうはずなのだ。
しかし、今日は何だか違う。
己でも驚くほど、冷静で居られた。
「お疲れ様です。」
俺が声をかけると、深海魚の君はたった今、俺の存在にはじめて気付いていた様だった。
「あっ、お疲れ様です。」
「あの、今日は部活、行かないんですか?」
「…ええ。」
彼女の無表情にかなり近い微笑が、俺の胸をざわつかせた。
口数も彼女にしては、珍しく少なかった。
そういえば、ここ最近、彼女は毎回のように放課後は、勉強会に参加してくれていた。
最初に勉強会に誘ったのは、この俺だ。
もし彼女が本音を言えず毎回、無理をして来てくれていたのであったとすれば、非常に申し訳のないことをしてしまった。
もしかすれば、それを原因に彼女の部活動へのやる気を削いでしまっていたのかもしれない。
俺は何てことをしてしまったのだろう。
俺などというものは、とても声をかけて良い分際などではない。
酷く後悔していた。
「もしかして…いや、もしかしなくても、俺の、せいですか。」
胸の内側が普段の俺の倍だけ、震えていた。
正直に言えば、泣きそうであった。
そのようになっている俺を見て、深海魚の君は何を思ったのであろうか。
彼女は、顔色を一気に変えた。
「そんな…!決して、そのようなことはありません!!」
嘘の全く見えない、その反応に俺は、安堵してしまっていた。
彼女はきっと、何かを抱えているはずだというのに。
一瞬でも、安堵する気持ちを胸に置いてしまった俺は、何て奴だ。
その上、何かを思い悩んでいる人に気を遣わせてしまっている。
なんと情けない。
「いつも…」
自己嫌悪に陥っていた俺は、彼女の声で我に帰ることができた。