お茶にしましょうか
□Scene 11
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私は「生徒指導室」から出た後、音楽室へと向かっておりました。
しかし、不思議なことに気が乗らないのです。
いつもならば、愛人であり相棒である、リョウさんの元へ直ぐにでも会いにゆきたくなるというのに、今はむしろ逆の気持ちで居ます。
今、会ってしまえば、辛くなってしまいそうなのです。
私ったら、本当にどうしてしまったのでしょうか。
頭の中で音楽室へ行くか、行くまいかを自問していると、ある教室から騒がしく話す男女二人の声でしょうか、不意に聞こえてきたのです。
思わず、覗き込んでしまいました。
すると、その教室の中には、愛しの江波くんとマネージャーの彼女がいらっしゃったのです。
お二人とも勉強している様子で、机を向い合せておりました。
「だから…!ああ、もう。何でこんなこともわからないのよ!」
「まだ、わからないだけだ!あと少しもすれば、わかるようになるんだ。急かすなよ。たくっ、お前はせっかちな奴だな。」
「今わからないのなら、きっと一生わからないわよ。この野球バカ!!」
「ああ、俺は間違いなく、野球バカだ。」
「ああ、もうっ!こんの―」
大きな声で口論していたマネージャーの彼女が、覗き込んでいた私に、気が付いてくださいました。
マネージャーの彼女は一つ、咳払いをすると立ち上がり、私に尋ねました。
「何をしているんですか?3年生の棟なんかで。」
「お邪魔してしまい、すみません。先程まで生徒指導室に用がありまして…
それで、たまたま通りかかりまして…
お二人を見つけたもので、何をなさっているのかなあ、と気になりまして…」
「勉強会ですよ。」
この方は、いつでも挑戦的な態度でいらっしゃいます。
それでも私は、これが彼女の中の良い個性であると、ほんの少し前に気づいたところだったのです。
私は彼女の強い意志には、非常に好感が持てます。
私が彼女の可愛らしいお顔に見とれていますと、さらにその後ろから弱々しい声が増えました。
「…そ、その子も、もし良かったらだが、勉強に誘わないか?」
すると、マネージャーの彼女は長い、長い溜息を吐いたのです。
そして、後ろを振り返らずに私を見たままで、弱々しく聞こえてきた声に向かって、冷たく言い放ちました。
「だから、自分で言えば?」
彼女の言葉に江波くんがびくつくのが見え、その後も彼は、何かを躊躇うかの様にして、おどおどしてみえました。
彼女はそのような彼の元へ、戻っていきました。
そして、次の瞬間には、マネージャーの彼女は、江波くんの背中を音が鳴る程に強く叩いたのです。
私は思わず、顔を顰めてしまいました。
とても痛そうでした。
江波くんが衝撃に対して、反射的に「いっ」と声を漏らしておられましたから。
自身の手が届かない背中に向かって、擦ろうとしながら、江波くんは椅子に座ったままでこちらを向きました。
そして、躊躇ういつも通りの様子で、黙り込んだ後に、やっと声を発しました。
「あ、あの…良かったらでいいんですけど、この後に何もなければ、勉強…一緒にやりませんか?」
私の返事は言わずとも、はい、に決まっておりました。
「お邪魔しても、本当によろしいのですか?」
「だ、大丈夫ですよ、俺は。」
そう言うと江波くんは、マネージャーの彼女へちらっ、と目をやりました。
そして、それに応える様に、彼女もこうおっしゃいました。
「私もいいですよ。教えるのは、嫌いじゃないので。あなたもしごいてあげますから。」
私はどうやら、大変な場所へ迷い込んでしまったようです。
さあ、楽しい勉強の幕開けです。