お茶にしましょうか

□Scene 7
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俺とマネージャーは二人、音楽準備室を通って、音楽室内へと案内された。

深海魚の君は、学校の備品である机を1つ用意し、3つの椅子でそれを囲んだ。

今、俺たち二人は、そこに座らされている。

別に何の変哲もない音楽室だ。

きょろきょろと辺りを見回す俺に、マネージャーは小声で促す。



「ちょっと、しっかりしてよ。あんたが言い出したんだからね。」



俺がそれに小さく頷くと、深海魚の君が音楽準備室から戻ってきた。

その部屋は本来、部活動を行っているのならば、顧問のものとなるはずなのだが。

これは、突き止めなければ、気が済まない。

戻ってきた深海魚の君は、ティーセット一式をお盆に乗せていた。



「どうぞ。ストロベリーティーです。苺はお得意ですか?」

「ああ。ありがとう。」



甘い香りが鼻をかすめる。

隣にいるマネージャーは、既にティーカップを手に取り、紅茶を楽しんでいた。

俺は、何から尋ねようかを迷う。

すると、深海魚の君が俺を落ち着かせるように、優しく声をかけた。



「お話とは、どういったご用件でしょう。」

「あ…その…」



先程、マネージャーに促されたばかりなのだ。

みっともなく、怯えている暇はない。

深海魚の君は、静かに微笑みながら、俺の言葉を待っている。



「あ、あの。吹奏楽部の練習は、もう、終わったんですか。」

「ええ。先程、終えたばかりです。」



それは、本当なのだろうか。

つい先程、終えたというのならば、もっとざわついているはずではないのか。

加えて、この様に人が、一瞬で居なくなるはずがない。

俺たちが階段を上がってきた時、一人もすれ違うことは無かった。

その気配すらも、だ。



「ほかの部員の方たちは…一体…」

「吹奏楽部の部員は、私一人です。」



俺は驚きのあまり、皿のように目を丸くした。

そして、マネージャーと、互いに顔を合わせた。



「顧問も居ませんし。残念ながら、部活動は正式なものではないのです。」

「そ、そうだったんですか…」



彼女は、寂しそうに話す。

少し申し訳ない気持ちになった。

しかし、深海魚の君は、あ、と何かを思い出したかのように胸の前で両手を合わせ、ぱんっ、と鳴らした。



「部員は私一人と言ったのを、撤回させてください。私は決して、一人などではありません!」

「え。それはどういう…」



すると、彼女は立ち上がり、別の机に置かれた黒いケースのもとへ駆け寄っていく。

そういえば、先ほどは暗闇だったため、全く気付かなかったのだが、この部屋に入った時にあのケースを背負っていた。

彼女は、ケースをそっと撫でる。



「いつも、愛人と共にいます。」

「ええっ?!」

「あんた、うるさい。」

「いや、だって…
あの、今は居ないですよね…」



俺の期待する答えが、返ってくることを祈る。

そんな想いを込めて、聞いた。



「居ますよ。」

「ぬあっ?!」

「だから、うるさい。あんた、今日どうかしたの?」



俺を馬鹿にするマネージャーを横目に、俺は動揺を隠しきれないでいた。



「名を“龍(リョウ)さん”と言います。」



普通の名であるはずだというのに、俺の精神が極致に追いやられているためか、非常に強い人物の印象がある。

第一に受けた印象は、コンビニエンスストアの前で二輪とともに集う、喧嘩っ早い連中が思い浮かんだ。

いや、こんなにも上品な雰囲気を醸す深海魚の君に限って、それはあまりにも…

俺が迷走しているのを遮り、彼女は「今、呼びますね。」などと言う。

待ってくれ、まだ殴られる覚悟が―。

混乱する俺を無視し、何やら手を動かしながら、彼女は続けた。



「こちらが私の愛人であり、相棒の“リョウさん”です。」
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