お茶にしましょうか

□Scene 7
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「お、驚かせるな…」

「ふん。何か、悪い事でも考えていたのかしら。」

「お…お前な…」



マネージャーを睨みながら、膝を立て、立ち上がる。

マネージャーは睨みをきかせて、俺に行く先を問う。

もちろん、俺に抗う術もなく、答える以外になかった。



「音楽室?何しに行くのよ。」

「わ、忘れ物をしたんだ。」

「あんた、選択の授業は、書道じゃなかったっけ。」



ああ、しまった。

墓穴を掘った。

これからは人にも自分にも素直に生きよう、と俺は心に決める。



「さては、例の深海魚の子に会いに行くのね。」

「ふっ…違う。」



図星の様で、そうではない。

自信を持って、そう言える。

思わず、俺がほくそ笑むと、マネージャーはさも不快そうに顔を顰めた。



「…珍しく、うざい。」

「今更だ。何とでも言え。
…俺は音楽室に行って、真相を突き止めに行くんだ。吹奏楽部が本当に存在するのかを、な。」

「あんた、今日はよく喋るわね。」

「とりあえず、絶対について来るなよ。」



俺はマネージャーを背に、音楽室のある方向へと颯爽と歩みを進めた。

4階の階段を上りきり、この角を曲がれば音楽室だ。

しかし、その前に、だ。



「おい。ついて来るな、と言ったはずだが。」



ここへ辿り着くまで、ずっと背後に感じていた気配にやっと声をかける。



「いいじゃない。私だって気になっていたんだもの。」



仕方のない奴だと諦め、角を曲がった。

すると、案の定だ。

音楽室の電気も、そもそも音すらも消えていた。

予想通りの結果だ。

決して、落胆などは、していない。



「何?もう鍵もかかってんの?」



そう言ったマネージャーが扉のノブをガチャガチャ、と弄る。

それも無駄なことだろう。

人の気配は、もう皆無だった。

そう、人の気配はもう―

ペタ。

待て。今、何かが聞こえた。

ペタ。

何だ、今の音は。

少し湿った感じの音がする。

ペタペタペタペタペタ、ペタ…ペタ……ペタッ。

音が、俺の背後で止まった。

何だ、何だというんだ。

嫌な汗が頬、背中につたう。

扉の鍵を諦め、振り向いたマネージャーが俺の異変に気づいた。



「どうかした?」

「あ…お、俺の後ろに何か居ないか?」

「自分で見たら?」



こいつでは話にならない、と意を決して振り返る。



「私が居ますよ。」

「うわあああああっ!!!!」

「あんた、うるさい。」

「だだだだだ、だって…!」



本当に驚いた。

俺は緊張しいではあるが、これ程までビビりであったとは自覚がなかった。

俺の背後に居たのは、想像していたような恐ろしい存在などではなかった。

暗闇の中に見えたのは、まばゆく輝く笑顔だった。



「お疲れ様です。お二人とも、こんなところでどうかなさいましたか?」

「あ、あの…えっと…」



俺が口籠っていると、マネージャーがうんざりした様子で、俺を睨んだ。

そして、深海魚の君のもとへと近寄っていく。



「ちょっと話があるんですけど。」



少し喧嘩腰にも見える。

しかし、これがマネージャーの平常なのだ。

俺は、後ろから落ち着かない想いで見守っていた。

相手がそんな挑発的な態度であるにも関わらず、深海魚の君は穏やかに微笑んでいた。

相変わらず、変わった人だな、と見つめる。



「まあ。それでしたら、どうぞ中へ入られてください。紅茶でもいかがですか。」



…音楽室はあなたの自室なのですか、と思わず尋ねたくなった。
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