お茶にしましょうか
□Scene 19
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「だ、駄目なら、駄目だと言ってくれれば良かったのに…!」
江波くんは、慌て気味におっしゃいました。
しかし、私にとって、このお誘いは、とても貴重なものでありました。
江波くんから、お声をかけていただいて、一緒に帰ることが出来るだなんて、夢のようでした。
未だ慌ててらっしゃる江波くんを見ていては、思わず、笑みを漏らしてしまいます。
そして、私は言いました。
「駄目だなんて、そんな…
私は、とても嬉しく想いましたよ。ただ、私が公園へ寄るため、途中までであることを黙っていて、申し訳ありませんでした。」
「い、いえ。あ、あの!むしろ…」
江波くんは、少し何かを言いかけました。
私は次の言葉を、静かに待っておりました。
「あの…もしよかったらで良いんですが、練習しているところ、見ていても良いですか。」
江波くんのそのようなお言葉に、私は思わず、目を大きく開いてしまいました。
しかし、私がいけない、だなんてことを言える理由も特に見当たらず、二人そのまま公園へと向かったのです。
江波くんは、公園に着くと、地べたに自身の鞄を置かれました。
そして、譜面台を準備する私に、歩み寄ってらっしゃいました。
私は譜面台の組み立てに、集中していたはずでした。
しかし、一歩一歩、近づく彼の足音に気を取られてばかり居たのです。
目は譜面台のねじを、耳は江波くんを捕らえていたのです。
「何か、俺に手伝えることは、ありますか?」
とうとう声をかけられ、やはり私の体は一度、強張ります。
「いいえ。ありがとうございます。」
私はそれだけを、落ち着いて答えました。
私の手は、微かに震えています。
やはり緊張しているのでしょう。
今まで、この方に練習風景や演奏を見ていただいたのは、合わせて1、2回ほどだと思います。
たった二人きりでご覧にいただくのは、今回が初めてとなるのです。
私は自身の緊張を、江波くんに覚られないよう、何かを誤魔化すかの様な口ぶりで言いました。
「はじめの30分から1時間は、基礎練習ばかりですから、退屈されるかもしれませんよ?」
そのようなくだらない前置きを入れれば、流石の江波くんも急かされるのではないか、と私は思っておりました。
「そのようなことは、どうだって良いから、はやくしろ」と。
しかし、私の思いとは裏腹に、最も江波くんらしいと思えてしまうことを、おっしゃったのです。
「萩原さんの音は綺麗なので、きっと、平気だと思います。」
私は今に限って、彼のことを信じることが出来ていませんでした。
そうです、江波くんとは、こういったお方です。
忘れておりました。
これで心おきなく、練習に打ち込むことが出来ます。
この時、アンサンブルコンテストは、既に5日後に迫っていたのです。