お茶にしましょうか

□Scene 17
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「しかし、本当に素晴らしい音ですね…まるで、人の、声の様…」

「ありがとうございます。ここまで来るにも、苦労の連続でした。リョウさんとなかなか仲良くなれず、大変でしたから。」



江波くんは本当に、興味を持ってくださっている様子でした。

とても有り難いことです。



「え、リョウさんって、誰?」

「あのサックスよ。」

「へ?」

「あんたらが、道具に愛着湧くのと、同じようなもんじゃないの?」

「あ、あぁー。」



マネージャーの彼女と部員の皆さんが、話している内容は全く聞こえず、私は江波くんの表情に見入っていました。

江波くんの表情は、野球のことに触れている時のものとは、また違うものです。

順位をつけるとしたら、どちらが上なのでしょう。

当然それは、野球だと思います。

あれ程にも、生き生きとしたお顔は未だ、拝見できずじまいなのです。



「あ、えっと…お邪魔しました。すみません。」



江波くんは、確かに口ではそうおっしゃいました。

足も半歩程、僅かに後方へと動きました。

しかし、その場から去ろうとはしないのです。

その原因は、きっと周りのお仲間にあるのでしょう。



「お、おい。みんな、そろそろ行くぞ。練習の邪魔になるだろ。」



その後、しばらくの沈黙がありました。



「な、何でみんな、動かないんだ…!」

「あんたは、もういいの?」



一番に口を開いたのは、マネージャーの彼女でした。

それに、野球部のお仲間の一人が続きます。



「もう話さなくていいのー?」



彼女の真似を、少ししたようです。

その方は、一瞬彼女に睨まれ、びくついてらっしゃいました。

私も実は、もう少しお話していたい、そう思っていたところなのです。

今日は、野球部の皆さん側についてしまおうと思います。



「お時間あるようでしたら、リョウさん、吹いてみますか?」



私は、満面の笑みで尋ねました。

すると、江波くんは私の思った通りに、少し慌ててらっしゃいました。



「いや、あのっ、でも、大事な楽器なんじゃ…」

「待って待って、江波。大事な楽器のその前に、間接キスする、ってことだからね。わかってる?」



それを言ったのは、野球部のうちのお一人、冷静に人を攻める方です。

何故か彼は、よく印象に残っています。

もう一度その彼が、黒い笑みを浮かべ、おっしゃいます。



「わかってる?間接キス、だよ。」



彼が何か、意味が有り気な表情を浮かべ、江波くんに迫ります。

江波くんは案の定、その場で硬直し、体温計の水銀のように、みるみるうちに真っ赤に顔を染め上げていきました。

その姿を見て、私は思わず笑ってしまいました。

やはり江波くんは、可愛らしい方なのです。



「やっ、やっぱりもう行こう!みんなも付き合ってもらって悪かった!」



江波くんが、慌てている時でした。



「私は、この子に話があるわ。最初からそのつもりで、ついて来たんだから。」



そう言ったのは、マネージャーの彼女だったのです。
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