お茶にしましょうか

□Scene 15
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2曲目の伴奏は、テープを使用します。

操作は、音楽の先生にしていただきます。

音楽の先生は、ピアノの椅子から立ち上がり、私に「頑張れ」と小声でおっしゃってくださいました。

そして、舞台裏へと戻っていかれました。

私は、それに深くお辞儀をいたしました。

2曲目は、吹奏楽の世界では、きっとお馴染の曲です。

80年代に発表された日本のバンドの曲を、吹奏楽で演奏するために、サンバ調にアレンジしたものです。

裏方に移っていただいた先生へ、アイコンタクトを送ります。

先生が頷き、ボタンを押す動作が見えました。

軽快な打楽器が聞こえてきました。

しかし、少し様子が可笑しいのです。

事前の練習と、違うことが起きています。

それは、周りの皆さんも気づかれているようでした。



「あ、この曲知ってる!」

「いや、その前に音、大き過ぎない?」

「これじゃあ、サックスの音がかき消されて、聞こえないでしょ。」

「なんだ?機械の操作ミスか?」



私も、口々に言う皆さんの声と、同じようなことを思っておりました。

しかし、そう思ったのも一瞬です。

豪快に全てを鳴らしてしまえば、きっと皆さん、退屈されないだろう、とも思ったのです。

咄嗟に見つけた歌唱用のスタンドマイクを、私の前まで持ってきて、それの高さを一気に下げました。

そして、私は空気を鼻から、口から一気に吸い上げました。

それから、自分で吹き始めても、驚いておりました。

意外にもマイクが無くとも、音は十分に出るものだ、と!

私は、調子に乗ってしまい、舞台の端から端まで歩き回っておりました。

即興の振りも入れたりだなんてして。

今日の私は、自分で思うほどに、別人のようでありました。

曲の最後の音を飛ばすと、またその場に静寂が訪れました。

私の前にしていた5人組の時のような、拍手や歓声はありませんでした。

しかし、私は大変満足しております。

これ程全力で吹いたのは、何時振りでありましょうか。

これ程の楽しい想いをしたのは一体、何時振りでしょう。

自らで勝手に目の前に持ってきてしまった、スタンドマイクのマイクを取りました。



『ご清聴っ、ありがとうございました。この後もっ、皆さんの2日間、良きものでありますように。お邪魔いたしました…っ。』



興奮冷め遣らぬゆえの行為です。

息も絶え絶えのままで、マイクに向かって叫んでおりました。

私自身でもこのような行動を起こすだなんて、驚いていました。

今日の私は、私自身も知らない人物であります。

非常に楽しいのです。

そして、頭を下げ、マイクを戻し、立ち去ろうしました。

パチ、パチパチパチ…

一人分の、どなたかが拍手してくださいました。

私はお礼を兼ね、振り返り、お辞儀をしようとしました。

拍手の主、それはやはり江波くんだったのです。

普段、そのようなことをされる、しようと思われる方ではなさそうですのに、本当に有り難い事です。

既に、泣いてしまいそうでした。

しかし、つい次に野球部のお仲間もつられて、拍手してくださいました。

そして、そのまま拍手が広がってゆきました。



「よかったぞー!」

「かっけぇ!!」

「萩原ちゃーん!」

「かっこいー!」



まるで、変わり者である、私を受け入れていただけている様に思えたのです。

思わず、抑えきれずに、大号泣してしまいました。
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