羊かぶり☆ベイベー
□Six sheep
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「何か、怒ってま──」
「怒ってはないけど。腑に落ちない、というか。頑張ってる時点で、やっぱり今、既に好きじゃないって、自分から言ってるようなもんなんじゃないの?」
怒っていないと言いながら、口調は怒っているように聞こえる。
これは、私の優柔不断なところや、矛盾していることについてかもしれない。
まだまだ、お説教が続く覚悟をする。
ただ感情を読み取れないまま聞くのは怖いので、表情を確認しておこう。
そうしたら、少しは心構えが出来る筈だと思う。
吾妻さんの胸をそっと押し返して、顔を少し上げた。
思った以上に、その距離は近くて、鼻が当たりそうになる。
慌てて、顔ごと逸らした。
心臓がドクドク言っている。
今日は何だか、心臓に負荷をかけてばかりだ。
しかし、落ち着ける間も無く、吾妻さんの腕が私の腰を抱き寄せた。
突然のことに、悲鳴が上がる。
「や、吾妻さ……」
「みさおさん、貴女って人は……」
耳元で、低い声で囁かれて、背中がぞくっとした。
先程までの吾妻さんとは、また雰囲気が変わった気がする。
距離も、まだまだ詰めてくる。
危険を感じる、かも。
身を捩ってみても、びくともしない。
吾妻さんだと思って、油断していた。
私との関係は、意地でも踏み入れないだろうと思っていたから。
顔が熱いのと、冷や汗が止まらない。
「ちょっ、ちょっと」
「俺だって、男なんですけど。そこ、ちゃんと分かってる?」
もちろん、それは分かっている。
でも、まさか、こんなことになるとは思ってもいない。
抵抗すれば、するほど、吾妻さんは攻めてくる。
私の首筋に顔を埋められて、彼の髪がくすぐったい。
辛うじて、そのくすぐったい感触は分かったが、あとは必死過ぎて、混乱していた。
こんなこと、止めてほしいのに。
こんな時ばかりは、必死な私にも、吾妻さんは気が付いてくれない。
「嫌……!」
声をやっとのことで振り絞ると、吾妻さんの動きが何の前触れもなく、ぴたりと止まった。
それはそれで、何だか怖い。
必死になって、抵抗して暴れていたので、改めて動きを止めたせいで、私の息が上がる。
「あ、あづ、吾妻さ……」
すると、私の両腕をがっちり掴み、引き剥がされた。
吾妻さんは顔を伏せたままで、表情を見ることは出来ない。
髪から覗く耳、首筋は真っ赤に染まっている。
しばらく黙っているだけだった吾妻さんは、唸り出した。
そして、唸りが止むと、その後、声はちゃんと言葉として聞き取れた。
「ごめん……」
「いえ……」
「本当にごめん。ちょっと頭、冷してくるわ」
「あ……」
ゆっくり立ち上がる吾妻さんを引き留めようとしたが、無視されてしまう。
すると、吾妻さんは出入口の襖の前で、1度足を止めた。
「みさおさん」
「は、はい」
「出来れば、俺が戻ってくる前に部屋、戻ってくれる?」
「え……」
「また俺、勝手なこと言ってるけど。お願いだから」
そう言い残して、出ていってしまった。
何か、男性のプライドを傷付けてしまっただろうか。
でも、あんなことされたら、私だって恥ずかしいし、焦ってしまう。
思い出すだけで、全身が熱くなってくる。
少し気まずい。
でも、お願いをされたので、素直に従うことにする。
とりあえず、空になった缶、おつまみの袋などのゴミだけは片していく。
そして、このまま去るのは、せっかく助けてもらったのに、恩知らずだ。
その上、あまりにも呆気ない。
せめて、旅館備え付けのメモ帳とボールペンを使って、置き手紙を残し、こっそり吾妻さんの部屋を後にした。