羊かぶり☆ベイベー
□Three sheep
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「私、あの子のようにはなりたくない、です……」
「おお。言うときは言うね、みさおさん」
「あ、私は、そういうつもりじゃなくて……」
決して、嫌味のつもりで言ったのではなくて。
あの女の子が、ユウくんと口論した後、後ろから抱き締めた光景が頭に過る。
その後、振り向いた女の子の鋭い眼光も。
思い出すと、背筋が未だにゾッとする。
「実は浮気相手だったかもしれない子から、宣戦布告されて……」
「いつの間にか、そんな激しいことに巻き込まれてたの?!」
「間接的にですが」
大袈裟に驚く吾妻さんに、苦笑いする。
「私は、あの子がしてきたように、別に攻撃的になりたいわけじゃない。身を引くときは引きますし」
吾妻さんは私をじっと見て、視線を逸らさない。
むしろ、その表情は不安気だ。
「私が素直になりたい、自分を変えたいと思うのは、誰かを傷付けるためじゃありません。今の気持ちをちゃんと伝えられて、相手を変に苦しませないようにするためです」
相槌を打ちつつも、相変わらず、吾妻さんは不安そうな顔で居る。
──どうして、そんな顔をするのだろう。
考えながらも、迫る時間に気付き、今日言いたかったことを、余すことなく言い切る。
「あの子のようになりたくない、と言うのは……そういう意味です」
悔いの無いよう、最後まで言い切る。
すると、吾妻さんは温かく返してくれた。
「大丈夫。みさおさんはみさおさんだから、他の人と同じにはならない。それに、みさおさんは優しいんだから、自分にも優しくして、自分を信じてあげて」
「はい。ありがとうございます」
「……うん。さて、カウンセリング終了時刻まで、あと10分くらいですが、話しておきたいことはある?」
「今日は、もう大丈夫です。言いたかったこと全部、吐き出させていただきました。ありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとうございました」
吾妻さんがにっこりと笑う。
そして、今日の資料を整えながら、何の前触れも無く、唐突に言った。
「気をつけてね」
「え」
「宣戦布告、されたんでしょ」
「あ、まぁ……でも、そんなに気にすること──」
「女性はこういうことには、特に敏感で陰湿なところがあるから。本当に気をつけてよ」
思わず、何も言えなくなった。
それはきっと、吾妻さんが少し強めに訴えてきたからだ。
その数秒後に、ようやく恐怖心が芽生えた。
吾妻さんのせいではなく、あの日の、あの女の子の眼光をまた思い出したから。
「わ、わかり……ました」
吾妻さんは私の返事を聞くと、一度頷いた。
「本当に……心配してんだからね」
「……あ、ありがとうございます」
「よし! じゃあ、今日はここまで。また次回ね」
私は、お辞儀をして部屋を出た。
仕事が終わり、人が減った、やや静かな会社の廊下は、少し寂しかった。
あれだけ、吾妻さんと賑やかにいろんなことを話したからかもしれない。
何故だか、浮かれていた。
興奮により、顔が火照ったままだ。
駐車場に向かう間も、ずっと熱は冷めそうになかった。