羊かぶり☆ベイベー
□Three sheep
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ユウくんと、あの女の子が2人きりのオフィスで言い合う場面を目撃してから、数日が過ぎていた。
親しげと言うには、少し違った。
彼女は軽い口調でずっと居たけど、甘い雰囲気になる訳でもなく、かと言って、他人行儀な訳でもなく。
とにかく、私が易々と入っていけるような空気ではなかった。
それに──。
『彼女さんがそんな態度で居るなら私、奪っちゃいますよ? 私の方が先輩を癒せる自信ありますから』
あのときの、彼女のあの言葉は、ユウくんに対してじゃない。
私への、宣戦布告だ。
ここ数日間、こんなことを悶々と考え過ぎてしまった。
それでも、ユウくんから疎らに届くメッセージには、何も無かったように返信をする。
本当は真っ直ぐ向き合えたら、一番良いのに。
いつまで、こんな風に羊を被って、気にしない振りだけを続けるんだろう。
本人を前にしたときに、必死で偽る自分をやめたい。
そして、私はそう心に決めて、一枚の名刺を手に取ったものの、未だにぐずぐずしていたのだ。
斯くして、今、車の中に1人で居た。
仕事も終わり、帰ろうとも思ったが、ここで先延ばしにしたら、また悶々と悩む期間も延びてしまう。
そう思ってもまだ、名刺といつまでも、にらめっこを続けていた。
名刺に書かれた名前だけを見れば、電話をかけやすい相手なのに。
ここに相談すれば、始まることもある。
しかし、失うこともある気がしてならない。
少し怖い。
スマホを握り締める。
その瞬間に、スマホが震えた。
画面を恐る恐る見ると、ユウくんからメッセージ。
その内容は、他愛も無い会話の続きだった。
メッセージの頭には「お疲れ様」とあって、気遣いを感じる。
そんな当たり前の、ちょっとしたことで、胸が温かくなるというのだから、不思議だ。
それに、この前ユウくんが例の彼女と話していたときに、私のことを庇ってくれた。
それが、何より驚きだった。
私のことを驚くほどに、真剣に想ってくれていた。
見た目だけの印象で、私が勝手に彼を遠ざけようとしていた間にも。
私だけが、向き合えてなかった。
あまりに失礼だった。
今度こそ、気持ちが走り出すのが、自分でもわかる。
名刺に書かれた電話番号を打ち込んでいた。
とうとう呼び出し音が、鳴り始める。
規則的な音につられて、私の心音も大きく早く鳴る。
音が途切れると、名刺の主の声がした。
『──カウンセリングルーム あづまです』
「あっ」
私には、分かり切っていたはずの相手に、声が上擦る。
相手は、私がよくよく知っている人物。
──本当の本当に、吾妻さんの声が聞こえる……。
とても恥ずかしい。
車の中で、1人赤面する。
「あ、あのっ」
『はい。どうされましたか?』
未だ慌てる私とは、正反対に落ち着いた口調で、優しく声をかけてくれる。
吾妻さんは、私に気付いているのだろうか。
『大丈夫ですよ。ゆっくりで、あなたのペースで構いませんよ』
どうやら、向こうは気付いていないらしい。
──それでも、いいや。その方が、むしろ都合が良い。
カウンセリング。
先程、次の言葉が出なかったのは、焦っていたのもあった。
でも、もう一つの理由があった。
そっと息を吸い込む。