羊かぶり☆ベイベー
□Two sheep
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1日の業務を終え、会社の自動販売機でアイスコーヒーを買った。
そして、直ぐ側にある飲食スペースに、腰を下ろす。
今日もいろんなことが、有り過ぎた。
朝はユウくんに倉庫で問い詰められ、昼間はまさかの吾妻さんと再会した。
思い返すだけで、未だに頭が混乱しそうになる。
先ほど、買った缶コーヒーを開けた。
「……苦い」
普段から飲んでいる筈の微糖のコーヒーは、何故かしら苦味を強く感じた。
無意識のうちに、ストレスを感じているのだろうか。
そんなどうしようもない自分に向けて、溜め息を吐く。
机を見つめて、悶々としていた。
そのときだった。
「みさおちゃん」
呼び掛けられて、見上げる。
誰かなんてことは、もちろん分かってのことだった。
「ユウくん、お疲れ様」
「お疲れ様。大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」
まるで当然のことだと言うように、ユウくんは私の正面に落ち着く。
「なんか、みさおちゃん疲れてる?」
──全部が全部というわけではないけれど、一体どなた様のせいでしょう。
文句を言いたいのを抑えて、笑顔をつくる。
「今日は、いつもより仕事量が多かったからかな。でも、大丈夫」
「そっか」
ユウくんと会話をするとき、いつも受け答えがあっさりしている。
もう少し内容を広げてくれると、嬉しいと思うのだけれど。
思うだけで、文句は言えない。
なぜなら、私が口下手なくせに「もっとちゃんと話して」なんて、ただの人任せであって、我が儘だと思うから。
私は「うん」と、ただそれだけを言って、アイスコーヒーを啜る。
会話が続かない。
今朝の出来事があるからとかではなく、これは元々だ。
いつかに友人と「彼氏は気兼ねなく、一緒に居られる人じゃないとね」なんて話していた頃があった。
ユウくんと居るとき、私は残念ながらそうではない。
安易に付き合うことを承諾してしまって、ユウくんへ後ろめたい気持ちになる。
初対面でもスラスラ話せてしまったあの人のことが、何故かしら、ふと頭に思い浮かんだ。
また思い返していると、ユウくんに話し掛けられた。
「みさおちゃん、あのさ」
「ん?」
「今日、このあと予定ある?メシ、行かない?」
唐突なお誘いに、思わず身体が強張る。
いつもなら、流されてしまうところだった。
しかし、たった今は、その普段の自分の弱い意思を遮る程の、答えが決まっていた。
「あー……せっかくだけど、ごめんなさい。今日は、予定があって」
「どっか行くの?」
「う、うん。そう」
「……そっか」
ユウくんが分かりやすく、落ち込む。
胸がぎゅうっと、締め付けられる様な思いがした。
「じゃ、気をつけてね」
「あ、ありがと……」
微笑むでもなく、怒るでもなく、落ち込んだ表情のまま、そう言って去っていくユウくんに、控え目に手を振る。
しまった。
断るなど、慣れないことをしてしまったから、つい吃ってしまった。
でも、嘘ではない。
私はこれから、どこかへ行く。
それだけは、嘘じゃないから。