お茶にしましょうか

□Scene 13
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「まずは、文化祭の有志ステージなど、どうでしょう。」



私の瞼は、自然と開きました。

今までに一度も、そのようなことを考えたことがなかったからです。

大勢で集まり、合奏がしたい、とは毎日のように思っていました。

しかし、人前で披露しよう、などとは思い付いたこともありませんでした。



「どんなものをしているのか、それを人に見せてみては?実際に、俺も聴いたことがありませんし。」

「そんな…聴きたいと思われますか。」

「はい。」



そう答えられた江波くんは、私の顔を確かと見ていました。

とても珍しいことだ、と感じました。

互いに向き合えていた私たちでしたが、やはり彼が耐えきれず、彼の瞳は他所を向きます。

しかし、私はというと、その時ばかりは、そのようなことにも目もくれず、ただただ感心しておりました。

江波くんの案は私にとって、本当に素晴らしいものでありました。

何と言っても、私には思い付くことすら出来なかったのですから。

感動するあまり、静かに騒ぐ私の心を、江波くんに感じ取られてしまったのか、彼は小さく呟きました。



「挑戦する者には、残念ながら、攻めるという方法しかありませんからね。」



今日の江波くんは、いつもに比べ、非常に饒舌でありました。

しかし、その一つひとつの言葉が、私には突き刺さってくるようなのです。

そして、そのまま溶け込んでゆきます。

私にとって簡潔明快であるその言葉たちは、今まで思い悩んでいた気持ちを消していく様でした。

江波くんは、未だ未開封であったココアの缶の封を開けました。

かなりの量を一気に流し込んでしまうと、一息吐いて、彼はこうおっしゃったのです。



「まあ、俺はいつも通りのあなた…萩原さんのままで、良いと思います。」



私は思わず、唇を噛みしめました。

恥ずかしさや、嬉しさからでしょうか。

私自身でも、その真意は掴めません。

私は、遠くではしゃぐ子どもたちをただ見つめていました。

彼の方が、先にそちらを見ていたからです。

何気無しに、私もつられてしまったのです。

気がつけば、日も傾き出しています。

江波くんは立ち上がると、私を見下ろしました。



「あの、そろそろ帰りますか?」

「そうですよね。江波くんは、早く帰りたいのですよね…」

「えっ、あ、い、いやっ!そういうわけでは…!」



焦る可愛らしい彼を見て、私は笑ってしまいました。

彼の顔は汗が滲み、真っ赤に染まっていました。



「冗談です。」

「あ、あなたも人が悪いな…」

「ふふっ、ごめんなさい。」



少し意地悪を言ってしまった申し訳など、いくらでもございました。

彼の反応は、いつもあまりにも、可愛らしいから、こういったやり取りが楽しく、つい…

そして、私が帰りたくなかったのです。

はしたないことだとは思いますが、このまま今日、別れてしまうのは勿体無いなどと思ってしまったのです。



「あの…日も落ちてきているので、送ります。」



私はその言葉に、はじめ驚きました。

そして、とても嬉しく想いました。

しかし、私には勿体無いのです。



「いいえ、結構です。そのお気持ちだけ頂戴しておきます。」



私のその言葉に、江波くんは呆然としてらっしゃいました。

今日の公園にて、これ程にも幸せな時間を、このお方と過ごせたのです。

おまけに、一歩を踏み出す素敵な案まで頂いて。

私にこれ以上は、やはり勿体無いのでしょう。

江波くんは、そうですか、と一つ呟くと、少し微笑まれました。



「…では、気を付けて帰ってくださいね。」



やはり今日の出来事は、私にはあまりにも勿体無いのです。

幸せで、仕方がありませんでした。







Scene 13  遅くても一歩
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