お茶にしましょうか

□Scene 10
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お早いもので、コスモスの花は秋風に揺れ、燕たちは家の軒下で帰り支度を始める頃となりました。

私はたった今、職員室という心身ともに窮屈な場所におりました。



「萩原、この点数は何だ。」

「申し訳も思い当たりません。」

「まったく…
まあ、わからないなりに適当に解答を埋めて、空欄だけは作らない様にとする心意気は、認めてやる。」

「まあ、それはありがとうございます。」



先程から私は、担任から授業の最中に行った、小さな試験の結果について責められていたところでございます。

私の飄々とした様子に、担任は頭を抱えておられました。



「こんな簡単な小テストもわからないなんぞ…この先も思いやられるな。」

「ええ、そうですね。」



担任の額には、筋が浮き上がっておりました。

これは、非常に危険です。

ああ、私は早くここを立ち去らなければなりません。

そう悟りました。



「それでは先生、私はこれで。失礼いたします。」

「あ!こら、待て!!萩原!!」



私ったら、いつの間にやら、担任から試験用紙を奪い取り、夢中になって駆け出していました。

未だに担当の叫び声が響いてはいましたが、そのようなことも気にせず、出入口へ向かったのです。

私は扉の前まで来て、一度丁寧にお辞儀をしました。

その後、勢い良く扉を開き、飛び出そうとしたのですが。



「きゃっ」



そこには、在るはずのない壁があったのです。

打つかった衝撃で、私は尻餅をついてしまいました。

見上げれば、目の前には、高くどこまでも続いていそうな壁ではなく、柱がありました。

いえ、よく見てみれば、それは人であり、江波くんだったのです。

夏休みの間は、一度も会えず、約1ヶ月でしょうか、私と江波くんはそれ程振りだったのでした。

あまりにも嬉しかったものですから、しばらく愛しの江波くんを見上げては、涙ぐんでしまいました。

江波くんはというと、そのような私を見て、不思議だという風に首を傾げておられました。

その後、江波くんは何かに気付き、それを拾い上げたのです。

すると、江波くんはこれでもか、という程に目を見開き、私にそれを静かに差し出しました。



「…あ、お、落としましたよ。」

「すみません、どうもありが―」


差し出されたものに目を下とすと、それより先の言葉が出てこなくなってしまったのです。

江波くんからそれを奪い取り、慌てて職員室から走り去ったのでした。

もちろん私の中にも、羞恥心というものは、存在しておりますから。
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