お茶にしましょうか

□Scene 8 
3ページ/3ページ




「あの、これ、見ました。勧誘ですか。」



そう言って差し出した江波くんの手には、私が先ほどから配布しているチラシがありました。



「ええ、やはり一人は淋しいですから。」

「どうかしたんですか。」



私が頭の中で考えていた彼の言葉と実際とが食い違い、私は呆然としてしまいました。

改めて、彼の顔を見上げると、視線がぶつかり合ったのです。

すると、彼はやはりぎょっ、としてみせて、すぐさま目を逸らしてしまいました。

しかし、もう傷付きません。

いつものことであるので、馴れることに決めたのです。

ですから、江波くんに目を逸らされても、私はこうしてじっ、と彼を見つめ続けます。

こうしていれば、相変わらず江波くんの顔面は、耳は、見る見るうちに真っ赤に染まってゆくのです。

彼を見ていて、飽きることはありません。

彼は私に凝視され続け、何故か動けずにしばらくはじっと耐えていました。

しかし、とうとう耐え切れずに江波くんは大きく、大袈裟に息を吐き出しました。



「何だか、その…今日は、らしくありませんね。」

「え…」

「いつもはもっと…いや、どんな時でも元気に突っ走っている印象があったので、何というか…」



結局、最後まで、おっしゃってはくださいませんでした。

さらには、目を逸らされたままでありました。





回想はここまでです。

江波くんはあの時、誤魔化してはっきり最後まで、おっしゃってはくださいませんでした。

しかし、わかるのです。

彼の必死な気持ちが、よく伝わってまいりました。

きっと励ましてくださったのではないでしょうか。

私は、その様に思います。

江波くんの様な方もいらっしゃるのです。

人間は、十人十色であります。

100人居れば、100のドラマがあるのです。

ですから「吹奏楽部」にきっとどなたかは関心を示して、やってきてくださるはずでしょう。

私は決して、卑屈などにはなりたくありません。

しかし、時には落ち込むことくらいはございます。

それでも、すぐに気を引き締め、向き直るのです。

なぜならば、あがり症の彼からあの様に声をかけてくださったのですから。

強かに、まいらねばなりません。

そして、私の心の支えである彼は今、学校には居ないのですから、尚更です。

江波くんは今、燃えるような日差しの下で戦っています。







Scene 8 突っ走るお節介
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ