お茶にしましょうか

□Scene 7
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真実は、こうだ。

うちの学校に吹奏楽部は、存在しない。

そのはずなのだ。

俺のそう思う理由は、これだ。

とても図々しい物言いではあるが、今までに野球部の夏の大会に吹奏楽の皆様が駆けつけてくださった、という覚えがない。

さらには、文化部の見せ場でもある学園祭でも、吹奏楽部の出番を今まで一切、目にしたことは無かった。

しかし、深海魚の君はそれを否定する。

これには、俺も、マネージャーのあいつも疑りをかけているのだった。

だが、俺には信じている部分も少しはある。

練習の最中、微かに何か曲が聴こえた、と感じたことがあった。

この学校の七不思議の一つか何かだろう、という感覚でいた。

別に恐れて、しり込みをしているわけなどでは、決してない。

確かにあの瞬間には、思わず声を出してしまった、ということは事実であるのだが。

ただ、真実の真相が知りたくなったのだ。





今日は午後からは、雨であった。

せっかく意気込んでいた、こんな気分の日にあいにくというべきなのか、都合の良い機会である、というべきなのだろうか。

こんな土砂降りでは、グラウンドも使うことはできない。

そのため、屋内でランニングや筋力トレーニングをたった今、行っている。

それらは、特別教室の集った棟で行うため、当然ながら音楽室の前も通過するのだ。

そこで、作戦を立てた。

通過する際に、音を確認する。

そして、聴こえれば帰り際に音楽室に押しかけ、詳しく話を聞き出してみよう、と思うのだ。

非常に慎重ではあるが、相手が相手であり、そもそもこの俺である以上は、仕方のないことだった。

そうでもしないと、彼女にもっと恨まれてしまうのではないか、と必死なのだ。

これ以上恨まれたら、俺は一体どうなるんだ。

そもそも深海魚の君には、愛人がいる。

偶然、彼女と正面衝突した昼休みのことだ。

あの時、彼女は、これから愛人に会いに行くところだ、と言っていた。

まさかとは思うが、俺がこの後、音楽室へと足を踏み入れたとして、その愛人本人と出くわしてしまうのではないだろうか。

それは、非常にまずい。

俺がこれ程にも恐れている理由は、ご承知おきだろう。

俺は彼女の外面を傷つけてしまった。

眉間のあたりを大きく、腫れ上げさせてしまったのだ。

愛人の仲であるというのなら、それぐらいはきっと、いとも簡単にその日の出来事として話しているだろう。

ということは、だ。

未だ俺の中では架空の人物である彼と鉢合わせた時、俺は、俺は一体どうするだろう。

きっと、ぶん殴られるだろう。

あの昼休みから、ずっとそれに怯えていた。

そして、とうとう音楽室が迫る。

確かに、音は聞こえた。



「うわ…」

「江波、どうかしたか?」

「いや、何か綺麗な音が、聞こえるなと思って…」

「は?」



チームメイトの反応に、背筋が寒くなった。

今、この演奏が聴こえているのは、俺だけなのか?

いや、ランニングに集中できていない証だ。

ああ、何とも情けない。





全ての練習メニューを終えた後、いつもの様な心地よい体のだるさを感じていた。

しかし、今、俺の足は音楽室へと向かっていた。

そして、ただ一つのことが気になっている。



「この時間に、まだ練習なんてしているのか?」

「誰が?」

「う、わあ!」



腰をぬかして、みっともない声を晒した俺を見下げるのは、マネジャーの幼馴染であった。
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