お茶にしましょうか
□And , then of scene
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私が泣きそうになるとき、私が思い悩むとき、愛しの彼は決まって言葉を探します。
そして、言葉を選ぼうとしてくださいます。
しかし、彼は結局、それすらも言いあぐねてしまうのです。
私は彼のそのようなところも含めて、相変わらず、愛しく想っておりました。
さて、皆様。ご無沙汰しております。
暑中お見舞い申し上げます。
暦の上では秋ですが、厳しい暑さが続いております。
如何お過ごしでしょうか。
ご覧の通りに、愛しの彼こと江波くんに対する私の気持ちは、出会ってから1年以上が過ぎた、たった今でも、熱く燃え上がっております。
それはもう、無防備な姿のままでは、何とも耐え難いこの季節の様にです。
そんな厳しい日差しの中、私は愛しの江波くんを隣に置き、非常に贅沢な想いをしておりました。
「江波くんの方が、蜜がたっぷりですね…」
「えっ、あ…あの、えっと…」
「どうしましょう。どうしても江波くんの方が、美味しそうに見えてしまいますね…」
「あ、あの…そんなに寄られると、何というか、その…」
私たちが居る場所は、近所の駄菓子屋さんの前でした。
店先の長椅子に、腰掛けていたのです。
ジリジリと照り付ける太陽の下で、江波くんの方へと、にじり寄ってまで、私はある物を見つめておりました。
そのある物とは、江波くんの手の中に有りました。
いつまでもしつこい私に、押し負かされたであろう江波くんは苦笑いをしつつも、それを差し出してくださいました。
「…萩原さん。俺のと交換しましょう」
「よろしいのですか!」
「よ、よろしいですよ…もちろん」
「ありがとうございます!いただきますね!」
「ど、どうぞ」
江波くんからの承諾を得た私は感激し、目を輝かせながら、それを頬張ったのです。
すると、頭にキーンと良い刺激が走り抜けました。
蜜の甘さと、掻かれた氷の冷たさとが、夏を実感させるのです。
私は興奮気味に、江波くんの方を見ると、彼は言いました。
「幸福そうですね」
彼は優しく微笑みながら、私を見てくださいます。
ですから、私はいつまで経っても、幸福で居るのでしょう。
私も彼を変わらず想っており、彼もまた、変わらない優しい微笑を私に向けてくださるのですから。
私は続いてまた氷を頬張り、江波くんの言葉に強く頷きました。
すると、江波くんの方向から、大きい溜め息のような音が聞こえたのです。
私は僅かに驚きの表情で、江波くんをじっ、と見つめました。
しかし、彼は口の中に、たくさんの氷を頬張っている様子でした。
「江波くん。今、大きく溜め息を吐かれましたか?」
私は江波くんの様子を不思議に思いつつ問うと、彼は勢い良く首を横に振りました。
そして、彼の向こう側からまた、それが聞こえたのです。
「いつ会っても、うんざりするほど風変わりなバカップルだね」
その声の主が、江波くんの向こう側から顔を覗かせました。
「あら、そういえば!いらっしゃいましたね」
「あのさ、萩原さんにとって、俺は何なの?」
「申し訳ありません。一瞬、見えていなかったもので」
「一瞬でも見えなくなるって、俺は妖精か何かなの?」
江波くんの隣に座る彼は、江波くんの同級生であります。
昨年、江波くんと暑い夏を闘い抜いた、野球部のお一人なのでした。
彼らがまだ私の高校に在学していた頃から、彼は冷静に人を攻めるお方だったのです。
世間では彼のことも「毒舌」ということになるのでしょうか。
どうやら今も、それは健在である様でした。