お茶にしましょうか

□Scene 19
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新年が明け、そして新学期を迎えました。

始業式も終えましたし、例のアンサンブルコンテストも無事、終えることができました。

私はただ、退屈な日々を過ごしているだけなのです。

何故、そのようなことを言ってしまうのか、と問われましても、私にとって答は一つです。

今、江波くんが学校に、いらっしゃらない時期に突入してしまいました。

高校の3年生になると皆さん、1月から卒業式までお休みとなるため、江波くんともお目にかかれないのです。

それまでの間に、卒業式の予行練習など、稀に登校日もあるようではあるのですが。

それでも、私にとっては退屈でしかありませんでした。

よくよく考えれば、愛しの江波くんにお会いしたのは、三学期が始まる始業式が最後だったのです。

しかし、その最後の日は、私にとってはひどく幸福な時間であったのです。

あの記憶を忘れることは、恐らく出来ないでしょう。

それは本当に、突然の出来事だったのです。






「あの…邪魔でなければ、もしよかったらでいいので、い、一緒に…帰りませんか?」



始業式が終わり、私はリョウさんの入ったケースを肩に下げ、ちょうど正門を越えたあたりでした。

今日は公園にて、アンサンブルコンテストの曲を練習しよう、と思っていたところでした。

そのような時に、背後から名前を誰かに呼ばれ、振り向くと、そこに江波くんがいらっしゃったのです。

そして、その後に、先程の台詞を言われました。

江波くんの頬がこの時、少し紅潮していたのは、きっといつもの照れだけでは、なかったのでしょう。

僅かに、彼の呼吸が乱れていました。



「あ、あの、駄目なら駄目って、むしろ、一思いに言ってください…」

「そんな!駄目だなんて、とんでもございません。喜んで。一緒に帰りましょう?」

「え…ほ、本当ですか…!」



あの江波くんが、華開くように表情を明るくさせたのです。

私の一言で、ここまで表情を変えてくださるだなんて、何と可愛らしいお方なのでしょうか。

この胸の高鳴りは、何といたしましょう。

そうして、二人、横並びに歩き始めたのです。

しかし、お互いして無言で居たので、私から思わず平凡な話題を出しました。



「江波くんは、この冬休みは何処かに行かれましたか?」



すると、江波くんは一瞬、私を瞳だけで見ると、少し目線を空に向けました。



「まあ、自動車学校に通ったり…友人たちと初詣に行ったり…あとは…何をしたかな…」

「たくさんのことをして、充実した冬休みを過ごされたのですね。」

「は、はい。まあ。」



江波くんは、はにかみながら短く言うと、少し肩からずり落ちた鞄を直されました。

そして、少し間をおいた後、一度途切れた会話を彼の方から引き戻しました。



「では…は、萩原さんは、冬休み、何かされましたか?」

「そうですね。私は、練習ばかりをしておりました。」

「それは…熱心なことですね。」

「ええ。アンサンブルコンテストが近付いていますから。この後も、練習に行く予定です。」



私が言い終えれば、江波くんは申し訳無さそうな表情となったのです。
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