お茶にしましょうか

□Scene 18
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「な、何の話だ…?」

「とぼけんなよ。深海魚のことだろ?」

「そうそう、深海魚。」

「し、深海魚って、言うな…!」



先程までのしんみりした空気は、何処かへと消え去った。

もはや、ノリは女子高校生だ。

何故こうなった。

俺は、この雰囲気についていけない。



「あの子を、傍に置いておかなくていいの?かなり支えられてたんじゃないの?」

「う…確かに、支えてもらったことは、否定しないが…でも…」

「彼女はいいぞー。」



部内でも、数少ない彼女持ちの奴が、俺を肘でつつく。

そして、他の奴も続く。

一体、何なんだ、毎度ながら見事なこの連携プレーは。



「江波。お前、告れって!待ってたら、ダメだぞ!」

「いや…でも実はー



俺は2、3ヶ月前に行われた、我が校の文化祭の時に、彼女の口から聞いてしまったのだ。

それは、模擬店の前売り券を萩原さんに渡そう、と思い、彼女が一人で居る教室に入った時のことだった。






その時の萩原さんは、誰かと話をしているようだった。

遠くから見ている感じでは、一人で居たため、電話か何かでもしているのだと思った。

とりあえず、今、手に持っているたこ焼の前売り券を、彼女の目につくような場所に置いて、そのまま去ってしまおう、と考えていた。

実際、そうした。

しかし、近づいて彼女をよく見ると、電話を持ってはいなかった。

それどころか、何かをしている素振りもない。

ただ微動だにしない。

これは一体、どういうことか、思考が回らず、俺が直立不動で居ると、しばらく黙り込んでいた萩原さんが、短く一言、喋ったのだ。



『…お願い。何か、言って…』



俺は、驚いた。

もしかすると、今まで彼女が声を出していたのも、俺に話しかけていたのだろうか。

もし、そういうことであったならば、俺は無視をし続けてしまった、ということになる。

これは、非常に申し訳ない。

俺は、申し訳なかった、という思いを精一杯に込めて、言葉を投げ返した。



『…今日は、どうしたんですか?』



そう尋ねた後、彼女からは「浮気」などと、また驚くような単語を発せられたのだ。

そして、その後だ。

俺が、少しの衝撃を受けたのは。

彼女は『愛しいと想う人が出来てしまいました。ずっと前から』と言った。

彼女が何時でも、笑顔で愛人と言っていたリョウさん以上に、もしくは、確かな人間を、ということなのだろう。

俺が悲しむ必要はない。

なぜなら、萩原さんについては、最初から俺に望みなどは無かったからだ。

俺たちの出会いは、俺が彼女に怪我をさせてしまったことで始まった。

恨まれているに、違いないのだ。

それなのに気づけば、俺は彼女に支えられてばかりで、何とも複雑な想いがしている。

そして、俺はその場に居たたまれなくなり、静かに去ろうとした。

静かに去ろうとしたのに、机の脚に自らの足を引っ掻けてしまったのだ。

案の定、彼女はその場で振り向く。

すると、彼女はまるでたった今、俺の存在を知ったかのような口振りで接してきたのだ。

では、今の今まで、誰と会話をしていたのだろうか。

俺は、未だに不思議に思っている。

しかし、何故かしら、空気を読まねばなるまい、と察した。

まるで、たった今、そこに到着したかの様に、必死で演じた。






あの文化祭の有志ステージの後、あの教室であった、あの出来事を今、目の前に居る、友人兼チームメイトたちに一通り、話し終えた。



「ほぉ?あの子、好きな奴が居るのかよ。」

「あ、あぁ…」



これで皆、俺に同情するか、話に飽きて、話題を変えるだろう。

そう思っていた。



「好きな奴ねぇ…」

「うん、俺は思うんだけどさ。てか、それ江波のことでしょ。」

「そ、そ、そ、そんなわけ、あるか…!」

「お前、そこははっきりと否定出来んだな。」



このように否定をしていても、俺の心情は自惚れようとしている。

報われなくとも、自身の中では、確定してしまいたい。

俺は、彼女に惹かれている、惚れている。

ああ、気づけば、あと数日もすれば、年を越す。

何とも、遣る瀬ない。

今まで共にした仲間たちとも、もう毎日のように居られなくなる日は、もう近い。

俺がやり残したことは、萩原さん以外には、何もないだろうか。








Scene 18 確定の心情
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