お茶にしましょうか

□Scene 18
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俺、江波は、ようやく就職を決めることができた。

自動車部品の製造業である。

大手企業の下請けの会社だ。

そこは、俺が第一志望としていた就職先だった。

志望した理由の小さなうちの一つは、そこに硬式野球部がある、ということだった。

同じ条件が揃った、2ヶ所で悩んでいたのだが、野球がまた出来るかもしれない、ということに惹かれ、素早くそちらに決めてしまった。

俺には、まだまだ未練がある。

いや、決して俺だけではないのだろう。

この世の中にも、まだ過去を引き摺っている奴は、いくらでも居るのかもしれない。

たった今は、友人兼チームメイトの自宅に、数人かで上がらせてもらっているところだ。

皆、進路は無事、決まった。

俺は奴等の中でも、試験日が遅かったため、決まったのが一番最後だったのだ。

これで勉強会をする必要は、ほとんど無くなり、特にすることも無い俺たちは、こうして暇をもて余している。

ある奴は漫画を読んでいるし、ある奴等は偶然、見つけたらしいオセロで対戦していた。

ある奴に至っては、筋力トレーニングをしている。

そして、俺はそいつのトレーニングの補助をしていた。

今まで野球漬けの生活だったため、勉強の仕方もわからなけられば、学生らしい遊び方もわからない。

普段、部活動が休みの日となれば、貴重な自主練習を一日中することのできる、特別な日となっていた。

ゆとりが有れば有るほど、何をして良いものかわからないのが、俺たちだ。

もはや、そういった部活動に所属している者たちの宿命なのだろう、これは。

そうして、だらけて居れば、漫画を読んでいた奴が、ようやく口を開く。



「そういえばさ、みんなは高校卒業したら、もう野球しねぇの?」

「俺は、大学行ってするよ。ダメ元で受けたセレクション、受かったし。」



今、この部屋には、全員で5人居る。

そして、たった今、喋った2人が進学組だ。

今度は、残りの就職組が言った。




「俺はまだわかんねぇな…
働いて、余裕が出てきた頃には、またすっかもな。」



就職組の俺ともう一人は、黙ったままで居る。

もう一人の奴が、なかなか喋り出しそうもなかったため、俺から先に言おうとした。

しかし、突然にそいつは、声を発した。

それに俺は思わず、引っ込む。



「俺は、もういいや…!」



そいつがそう発した時、部屋はほんの僅かな間だけ、音が失くなった。
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