お茶にしましょうか

□Scene 17
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この時が、何時でも幸せなのです。

今日は、誰も居らっしゃらない場所を、確保することが出来ました。

大きな木の木陰です。

私はそこで、毎日の日課である、昼休みの練習をしている最中でした。

リョウさんの音を聴けることが、私にとっての幸せな時であるのです。

どれ程、気持ちが乱れている時でも、私の体、全身を使って音を発すれば、落ち着かせることが出来るのです。

基礎練習の途中まで来たところでしたが、無性に曲を奏でたい気分になりました。

ファイルの楽譜をめくっていくと、あの曲がありました。

私に自信をもたらしてくれた、セレナーデです。

果たして、あの方に届いたでしょうか。

楽譜上の音符を目でなぞりました。

優美に踊っているような姿たちを見ていると、ますます感性がくすぐられます。

何頁かめくった後、何気なく、目に留まった曲があったのです。

これにいたしましょう。

優しい曲調の、ロングトーンが多い曲を選びました。

ビブラートをこれでもか、と言うほどにかけます。

私の体を包むような、丸に似た音に、より添える気がするのです。

とても心地よいのです。

さて、しかし文化祭の有志発表では、皆さんどうだったのでしょう。

少し不安はありました。

しかし、私は楽しめたのです。

それで、不安は全て、消し飛びました。

やはり私では、常に他人想いな江波くんには、なり切れないようです。

私は、私でしかありませんでした。

しかし、それで十分だ、と彼は言うのです。

今、私と一体となっている彼です。

今日は、実際に言葉としては、現れていません。

しかし、私にはリョウさんが、そう伝えようとしていることがわかるのです。

戯言だと、誰に言われようとも、私は一切構いません。

私にしか聞こえないのですから、仕方のないことです。

可笑しいのは、私なのかもしれないのですから。

曲の最後のロングトーンに、気持ちよく魔法のようなビブラートをかけ…

確と、この目で終止符を見送ると、かなり近い位置から、手を叩く音が聞こえてきました。

それは、5人分の拍手であったようです。

驚きつつ、私はその一人一人の顔を、確認いたしました。



「野球部の皆さん、マネージャーさん…江波くん。」

「やっぱり、江波は特別扱いなんだね。」

「どうされたのですか?このようなところ、普段は誰も居らっしゃらないと思ったのですが…」



私が問うと、マネージャーの彼女が、江波くんを親指で差し、言いました。



「こいつがなんか音が聞こえるっていうから、音を手繰り寄せて、ここまで来たの。」

「俺らは、なんか面白そうだな、と思ってついて来ただけっす。」

「そうっす。」

「まあ、ありがとうございます。」



私は、本当に嬉しく想っております。

こうして関心を持ってくださる方が現れた、この真実だけで私には、大きな成果なのでございます。
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