お茶にしましょうか

□Scene 15
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皆さんの盛り上がり様は一年の内で、最高潮にございます。

本日は、我が学校の文化祭なのです。

普段は恐ろしい強面の教師すらも、あの浮かれ様でございます。

私はと言いますと、ケースから出した丸裸のリョウさんを携え、ある場所を目指しておりました。

間もなく、有志発表が始まるのです。

我が学校の文化祭は、2日間にわたって行われます。

1日目は、体育館で合唱など、様々な発表事が。

2日目には、学内全体を使って、たくさんの模擬店が開店いたします。

今日は、1日目です。

私にとって、今日は決戦の日でもあるのです。

今は吹奏楽部として、でなくても音楽室を使わせていただける存在として、認めていただくために。

合奏については、その次です。

この有志を発表した後、どなたかが関心を持ってくだされば、私にとってはそれだけで、幸いでございます。

私は体育館の舞台裏の扉から、中に入りました。

舞台上では、既に私の順番の一つ前の男子5人組が最近、流行のアーティストの曲を踊ってらっしゃいます。

軽快でテクノポップ、と云うものでしょうか。

私は、そちらは心得ておりませんでしたので、よくわかりませんが、そのような曲です。

技術も非常に高く、見惚れてしまいます。

たくさん練習をされたことでしょう。

そして、次はあの舞台に、私が立つのです。

そう考えると、武者震いがいたしました。

大きな音が止み、一瞬その場が静寂に包まれました。

その直後、歓声が沸き起ったのです。

私もあのように、受け入れていただけるでしょうか。

いいえ、それよりも心が落ち着かず、騒いでいるのです。

人前で演奏することは、過去に何度でも経験いたしましたが、今日は私の独壇場なのです。

さあ、大いに暴れ回りましょうか。

私は、舞台に向かって、一歩踏み出しました。



『えー、次はサックスソロを披露してもらいます。準備が出来たら、一言添えてからお願いします。』



司会を務める生徒会副会長が、私の隣にて、マイクを手に待機してらっしゃいます。

私はリョウさんのマウスピース、ネックの向きを再調整をし、唇の最適なポジションを探しました。

今回、ピアノ伴奏をしてくださる音楽の先生ともアイコンタクトを交わし、準備は完了です。

司会者の方の方を向くと、マイクを手渡してくださいました。

実は、一言など、何も考えていなかったのです。

私は息をそっと、吸い込みました。



『皆さん、こんにちは。萩原と、申します。2曲、お届けいたします。
…私は、楽しみます。是非、楽しんでください!お願いします。』



観客席の方々が、微かに騒めきました。

しかし、私は構いません。

演奏を開始します。

1曲目は、先生の伴奏で、セレナーデを披露しました。

これは、ジャズのスタンダードナンバーの一つであります。

愛の、歌でございます。

あのお方に届けば、どれだけ嬉しい事でしょう。

この様なスローテンポの曲は、皆さんの眠気を誘っているのではないか、と思いました。

しかし、私はそのようなことは一切、気にいたしません。

自信を持って、演奏することが出来ているからです。

何故だかわかりませんが、たった今は緊張よりも悦楽を味わうことに、必死で居たのです。

1曲目のセレナーデを終えた後、辺りは沈黙でした。

あまりの退屈に皆さん、お休みになられたのかもしれない、と辺りを見回しますと、その場に居る全ての方と目が合いました。

しかし、今は少しも恐ろしくありません。

さあ、2曲目にまいりましょうか。
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